So-net無料ブログ作成

ファンタジー世界の傷痕 [ファンタジー世界考察]

 ファンタジー世界は色々な意味で男女同権が図られているので女戦士とか女騎士とかが割りと普遍的である。海外のファンタジーではレスラーみたいな筋肉ムキムキのワイルドな感じの女戦士が標準的である。翻って本邦の女戦士は少女然としたほっそりしたものが好まれる。これについては斎藤環が『戦闘美少女の精神分析』という大変興味深い本を書いているのだが、いかんせん肝心の核心部分が、ソーカル事件で知られる無駄に難解なラカンの理論で説明されているためさっぱりよくわからない。
 かくいう私も戦闘少女は大好きだが、その起源を一応はリボンの騎士に比定してはいるものの、精神分析学も存在自体崩壊したことだし、起源については謎となってしまった。

 ところで、女戦士は白兵戦を行う。いや、女魔術師も女聖職者も基本的に冒険者なる職業である以上白兵戦を行うことが前提である。
 白兵戦を演じれば当然怪我を負う。鈍器で殴られ、剣や斧の刃に斬られ、魔法で焼かれる。それは男の冒険者でも女の冒険者でも変わらない。
 つまり女だろうと男だろうと冒険者は傷つく可能性が高い。いや傷を負って当然である。

 戦国武将の伝記などを漁ると、彼らは生傷絶えず傷だらけだったことが窺える。藤堂高虎や北条氏康など満身創痍、傷跡だらけであったという。

 だとすれば、当然ながら、ファンタジー世界の女戦士、女騎士、日本のファンタジーではメインヒロインの座をしばしば担う可憐な彼女らも、生傷絶えない傷跡だらけの身体をしているはずである。戦士に限らず、後衛の魔術師だの聖職者だって、量はともかく傷跡はあるだろう。ゴルゴ13のデューク東郷などは脱ぐと傷だらけだが、彼女らもデューク東郷のような感じになるはずである。

 しかしまあ、日本のファンタジーワールドに住まう彼女らはお肌ツルツルである。なにせヒロインとしてセクシャルな視線に堪えなければならない。私のように傷跡に萌える人間もいるだろうが、多くの男はツルツルお肌を好むようである。
 というわけで彼女らは傷一つないボディを誇っている。
 たまに傷跡を誇る女性冒険者もいるようだが、大抵はベテランさの象徴や、荒んだ感じを出すため、あるいは「特別な戦いで負った傷」だけである。例を出すなら進撃の巨人の、ミカサの頬の傷などである。あの傷が描かれているのはエレンにまつわる戦闘のメモリアルな理由からである。

 さて、ファンタジー世界でそれを「再現」するという無駄な試みを行おう。このブログはそういう場所である。

 簡単な手段は聖職者の治癒魔法である。いや別に治癒魔法を聖職者の専売特許にしてやる所以もない気はするのだが。
 治癒魔法を使えば傷痕も残らない。女戦士もお肌ツルツル。ハイ論破。

 としてもいいのだが、しかしファンタジー世界の魔法でもなんでもそこまで便利なわけでもない。結局はそこに何を望まれるかである。ファンタジー世界の女性冒険者は物語のヒロインたるを望まれているので、お肌ツルツルなわけである。ご都合主義である。たまに物語的に「見せ場」があったらちょっと傷痕を残してみる。「女の子なのにお肌に傷痕残ってしまって」みたいなセリフを添えれば物語は成立する。

 なので、ファンタジー世界がちゃんと実在するなら、そこの女性冒険者、ヒロインたちはその肌に傷痕刻んだ歴戦の勇者たちであるべきなのである。


 しかしこういった、リアリティとキャラクター性を対立させていくと、ファンタジーがどんどん破綻の危機に襲われる。
 遺憾ながら私も現代に生きるオタク文化、キャラクター性と二次元的表現に囚われた哀れな存在である。それはそこそこ萌えを求めることになる。
 結局は程度の問題である。


 傷痕の他にも、筋肉なども問題になるであろう。前述の通り海外ファンタジーの女性などは筋肉ムキムキに表現されがちだが、ジャパンのファンタジーの女性はやたらほっそりしている。そして脱いでも(何故脱ぐかはさておき)ツルツルである。多くの場合腹筋すら割れていない。
 海外ファンタジーの女性をレスラー呼ばわりしたが、女子プロレスというのはあくまで限定的な趣味であるようで、私もその趣味はないし、ジャパンのファンタジーに出てくる女性はスマートである。
 しかし傷痕は魔法でごまかせても筋肉はあまりごまかせない。アイズ・ヴァレンシュタインもカタリナさんもミカサも脱いだら筋肉ムキムキで満身創痍傷痕だらけなはずなのだ。
 まあ、女性は筋肉がつくといってもある程度皮下脂肪も残るからボディビルダーみたいな筋肉モリモリにはそこまでならないのだが。


 個人的には筋肉質な女の子にしても傷痕のある女の子にしても萌えの対象だが、一般的に男性はスリムでお肌ツルツルな女の子を好む。傷痕のある女の子などはどちらかというと特殊性癖にカテゴライズされかねない。百合的妄想で女の子冒険者パーティーの後衛女の子が前衛女の子の傷痕を舐めながら「これはあの時私を庇ってくれたときの傷……」とかいうは好きだが、とても一般的ではないように思える。
 それに私にしても、実際のところ、ファンタジーであっても想像の基盤が二次元から離れられない。というのは、私は白人女性に欲情しないのである。審美的価値は見いだせるのだが、性的価値を見いだせない。そんなわけであるから程度問題と自分の中で片付けざるをえない。


 たとえ二次元の絵であっても、私は筋肉の表現を重要視している。別に筋肉ムキムキを求めているとか腹筋は常に割れていなければならないとかいうわけではない。そう、それは二次元の世界では明らかに特殊性癖に分類される。
 しかし、筋肉は絵画的意味で重要だろう。特に、男性諸君が好きな太ももなどはその典型である。あれは大腿部の筋肉を賞翫するのであって、肌色の円筒形を賞翫するのではない。フィギュアに着目するとよくわかる。壽屋のフィギュアなどは太ももにせよ他のパーツにせよどこまでもただの円筒形であり、実に物足りない。それに比べてマックスファクトリーやアルターの見るべきフィギュアの太ももには肉がある。
 二次元のいわゆる萌え絵を見て、多くは顔などの表現に目を奪われがちだが、私などは着目すべきは身体の造形であると思っている。腹筋は別に割れていなくともいいが、腹筋の存在を意識した表現などを見ると思わず見てしまう。脚の表情などは特にそうであろう。太もも、膕、ふくらはぎ。筋肉への配慮なしにはいいものになりえないのである。
 現実的には、それは、筋肉の発達していない女の子もいる。特にお嬢様学校の生徒のふくらはぎなどは視覚的差異があることなどは、実在制服界隈だと話題になったりする。
 とはいえそれにしてもただの円筒形を描いて済むわけではない。

 実情としては、それは絵の描き手の興味によるという。基本的には、女の子を好んで描こうとする絵描きは筋肉に着目も執着もしないという。どちらかというと、筋肉への注意は、やはり男性キャラを描く時に強くなるようである。
 それにしても筋肉や骨格を無視して人体を描こうというのはあまりにいただけない。肌色の円筒形などを見て何故欲情できるのか謎である。
 そして近年の着エロの風潮がそれに追い打ちをかけるのだが、あまりに余談なので言及はやめておこう。


 ファンタジー世界とは関係のない話になってしまった。
nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。