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ファンタジー世界のストーリーテリング [ファンタジー世界考察]

 実のところここのアクセス解析を見ると、CardWirth関係の記事の方がアクセス数が多いし、CardWirthで特定のシナリオ名で検索するとここが割りとトップに来てしまうので、アクセス数を求めるのならCardWirthの記事を書く方がいいのだが、しかし今はPCの調子が悪いのでCardWirthそのものをプレイできない。
 文句をつけることではないが、このブログはSEO的に良好過ぎる。金貨や銀貨の価値もろくにわからないのにこんなブログが検索トップにきても誰の益にもならない。CardWirthだって短い紹介しかしていない。アクセス数が多いと喜びはあるが、申し訳なくもある。


 ストーリーテリングなどというが、大した長編小説も書けなければ、TRPGやPBWのGM経験も大して積んでもいない私が偉そうに書くこともないし、書くのもおこがましいとは思っている。
 なのでこの記事は多分なんの利益にもならない。私にとっても。

 レクリエイターズを見ていると、いまいちシナリオが面白くない。正直なところ。どうも、わかりきった結末に到達するためにシナリオを消化するために逐次的に展開しているだけに思える。

 ただ、特にファンタジーもののシナリオはそういう傾向はある。これはファンタジーの源流たる神話の構造とも関わるようにも思える。

 よく、特にMMORPGなどで、お使いシナリオというのが非難される。要するに、ここに行って誰にこれを届けろ、という依頼を延々されるだけのシナリオということである。
 ただ、お使いシナリオ自体は特にファンタジーでは基本である。

 ファンタジーというのは、だいたい、結末がわかりきっている傾向がある。重要なのは、そこに至るまでの道程をどう先延ばしし、描くかである。
 ドラゴンクエストなどというのは、それが視覚化されている。目的は目の前の竜王城である。しかしそこに行くには延々とお使いをさせられる。それだけのゲームシナリオなのである。大雑把に言えば。目的は竜王を倒すことだけである。いや、一応姫の救出もあるのだが。
 結局、ドラゴンクエストのシナリオというのは、竜王城への道のりをなるべく引き伸ばし、そしてそれをもっともらしく見せるだけのものなのである。ドラゴンクエストの「クエスト」とはそういうものなのだと思う。

 といっても、別にそれを批難するつもりでも否定するつもりでもない。
 TRPGだってそうである。冒険者の日常というのも、延々とゴブリン殴り倒すだけの日々だっていいのである。あるいは隊商の護衛を延々と。TRPGは実のところそれだけでも楽しい。あまりシナリオにすごいシナリオ性は必要ない。ロールプレイ自体が楽しみなのだから、シナリオはそんなにリッチでなくてもプレイヤーは楽しめる。
 ただ、コンピュータRPGはロールプレイわけでもない。アニメでも漫画でも小説でも、コンピュータゲーム以下のインタラクティブ性なのだから、当然それでは満足できない。PBWの安いシナリオにそれなりの金を人々が支払うのも、自分のキャラの活躍が楽しいからである。

 神話にその由来があるというのは、つまり、神話の英雄譚というのは、神々が英雄を成長させていくために試練を与えていく過程なので、英雄たちは神々から与えられたクエストを淡々とこなしていく。
 つまり、英雄の玉座に至るまで、資質を証明するために延々と同じような試練を課せられる。

 ゲームに戻ると、漫画や小説や、あるいはコンピュータゲームはどうしてもストーリーリッチが必要なのは、逆にいうとTRPGやPBWがそこそこチープでも楽しいのは、ロールプレイの有無にある。小説では、幾ら優れた作品でも、自分自身を完全に主人公に反映できるわけではない。


 だからどうしたといわれると、別に、ただそれだけの話ではあるのだが。
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