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ファンタジー世界とはあまり関係のないゲームのぐだぐだ [雑記]

 このブログでは大変いい加減なことを偉そうに書いているが、ウェブログというのはSEOとやらには優れているようで、一部の記事はグーグル検索すると検索トップに出るらしく、それらの記事は特にアクセス数が多い。具体的にはファンタジー世界の飲み物という記事で、他にもアクセス数を見ると記事によっては多少アクセス数の多い記事がある。
 しかし述べている通りここのブログの記事は私がうろ覚えの知識を無為に垂れ流しているだけであり、金をもらってもいないから内容に責任を持つ気もない。このブログには、特にスマホで見るとたくさん広告が出るが、このブログは基本無料であり、全部ブログの運営が勝手に表示しているだけで、私の元には一文も入ってこない。というわけでグーグル検索一位だったりすると多少心苦しくもある。
 ここのコメント欄なり他のブログなりで、ろくに調べもせずにいい加減なこと書くなこの頓痴気とか、出鱈目知識を発信するインチキブログとか言われないかと思っていたが、今のところそういうものはないようである。
 ただここのブログのアクセス解析は大変不完全なものであるらしく、大半のアクセス元がその他ブックマークみたいになっているのだが、このブログをブックマークするような物好きがそんなにいるとは思えないし、人気(?)記事とアクセス数のバランスからしてもおかしいので、このブログが正確にどこからどのようにアクセスされているのか怪しいものである。あるいは無能なアクセス解析に引っかからないだけで、どこかのブログで出鱈目だらけの素っ頓狂とか書かれているのかもしれない。
 アクセス数の多い記事から推測するに、ここのブログは、前述のファンタジー世界の飲み物と、カードワース、あとは硬貨や軍制あたりのワードで検索されているものと思われる。
 ここ最近の記事だとファンタジー世界の腋毛みたいな記事のアクセス数が若干多く、この記事はタイトルが珍妙だから物珍しいのであろうが、どういう経緯でアクセスされているのか気にはなる。
 あとファンタジー世界のペガサスナイトという記事は少しアクセス数が多いが、大型JRPGを叩く内容なのでゲーム名で検索されている可能性はあるものの、無能なアクセス解析のおかげでなんともいえない。
 というわけで少しコンピューターゲームの話をしてみる。


 二月になってようやく3DSを入手した。Newニンテンドー3DSLLなのでスペック的には最上等なはずであるが、通電確認だけされたのジャンク品で、液晶の一部が壊れているしボタンは一つ調子悪いし、その上なにより全体的に手垢と煙草のヤニで汚れていて外装も傷や凹みがあるというひどい品物である。6900円なのでしかたないが。とりあえずアルコールや次亜塩素酸水で拭きまくって使っている。
 先日ファイアーエムブレムのキャラ萌えとかifは平たい顔族がどうとか偉そうに話したがまあ未プレイだったわけである。別にヒーローズの情報を元にキャラ萌えの話をしただけだからいいのだけれど。

 先に述べたとおり私は白夜のキャラについては平たい顔族という偏見があるので、いまいち萌えないということで当然? 暗夜を買った。しかしまあレビューを見るとシナリオ面での評価が低い。それでもどうせキャラゲーだからと買ったのだが。
 平たい顔族だから萌えないとか散々書いたけれどどうやら主人公はヨーロッパ世界(暗夜)で育てられた平たい顔族(白夜)という設定でありこうなると私の平たい顔族だから駄目とかなんとかそれ以前の話である。
 ただ平たい顔族関係なくいまいち白夜のキャラは萌えないようにも思えるのでそもそも平たい顔族以前に白夜キャラがそれほど私にとって魅力的ではなかっただけのようである。それに私が一番萌えているキャラはそもそもが覚醒の世界から「転生」してきた存在である。使いまわしとも呼ぶ。
 更にネタバレ記述を見たところ主人公は暗夜白夜関係なく第三の王国の王女らしくこうなると平たい顔族とか全く関係なくなってしまう。これでは私の平たい顔族が云々とかいうのも実に無為無益な論となってしまう。

 しかし少しプレイしてみたが、どうもゲームとしてパッとしない。
 攻陣防陣というのがあって、陣形を組ませたユニットによりボーナスがあるのだが、これがいたずらにプレイを煩雑させる要素である。シンプルに攻撃力や防御力を計算できなくなる。古いファイアーエムブレムなら敵の命中率や被ダメージ量を計算して見通しを立てるのは容易だった。もちろん「必殺事故」や味方の命中率90%は外れるとかあるけれど、それでもある程度先読みするのはまだ簡単だった。しかし今作は妙に複雑なシステムなので戦闘予測が面倒で戦術を練るのが億劫になる。
 マップも、序盤を見る限りだが、妙に局地的で狭苦しさを感じる。なにせワールドマップというものがないから全体的な地形すらわからない。以前のファイアーエムブレムはワールドマップがあってその上でバトルするタクティカルなマップがあったから世界の地図の上を進軍している実感が湧いた。この大陸のどこをどのように前進しているのかわかりやすかった。しかしワールドマップがそもそも設定されていない今作ではいったい主人公たちがどこでどのように戦っているのかさっぱりわからない。森とか北とか言われてもどこがどこやらという感じである。
 マップの視界が効かない感覚もあって、今作は戦術シミュレーションという感じがしなく、RPG、それもスマホRPGに局地的に用意された小さなマップで戦っている印象になる。スマホRPGというのは今どこにいてどこに向かっているとかそういう感覚を持てないというような感覚で、本作もそういう面があるのだ。
 またこれは序盤だからしかたないのだが、戦う相手がとても限定的というか、ともかくも軍を率いて軍同士で衝突する感じが全然しない。目先の敵と小競り合いをしている感覚がとてもする。序盤の人数が少ないのは過去のシリーズでもそうであったけれど、今回は妙に局地的なマップや、一部の敵が「モンスター」であることもあり、戦争という感じがなく、見下ろしマップでタクティカルバトルするRPGのような印象を受ける。
 というわけで、ファイアーエムブレムifは、不評のシナリオ以前に、無駄に複雑で煩瑣なシステムと、ワールドマップがないためか抽象的で実感の持てない世界観のために割りと評価が上がらない。

 結局3DSでメインに遊んでいるのはセブンスドラゴン2020IIIなのだけれど、それについては別に場を設けて(多分萌えブログの方で)話すつもりであるが、とりあえず早見沙織の声でレズ妄想していることは萌えブログで述べた通りだ。


 ファンタジー世界のペガサスナイトという記事ではファイナルファンタジーXIIIとテイルズオブゼスティリアをくだらないJRPGの代表みたいに書いているが、別にちゃんとプレイして批判しているわけでもないし、そこまで責任持つ気もない。金も貰っていないし。
 ファイナルファンタジーは、実際、VII以降ムービー偏重の象徴ではある。私の中でその印象は映画ファイナルファンタジーの大失敗以来の伝統といった曖昧なイメージとなってつきまとっている。いや、出ている男女が気持ち悪いというのもあるけれど、どちらかというと私としては、世界の危機みたいな大仰なことを言っている割に内容が陳腐であることが好感を持てない理由ではあるが。オウガバトルシリーズの製作者が作ったXIIが、お話的にJRPG的なものではないという理由もあり日本では不評であるのに大して海外では好評というのも私の中では胡散臭さにつながる。


 どうやら日本人は自由がお嫌いらしく、プリセットのプレイヤーキャラクターや与えられた正義に頼り切ることがお好きらしい。自由からの逃走とはよく言ったものである。日本人は自分で正義がなんであるのか考え判断するのが余程面倒らしいのだ。プリセットのプレイヤーキャラクターはまだしも、JRPGにおいては用意された正義に疑いもせず盲目的に従うのが消費者の好みであるそうで、実に愚かしいことである。少なくとも正義の価値観という意味で自由度の高いファイナルファンタジーXIIが不評でムービーだらけの一本道XIIIが登場したのだからアホくさいことである。このことについてはそのうち別個に項目を立ててみたい。いやファンタジーの中くらい与えられた正義に盲目的に頼りたいということなのかもしれないが、それでもJRPGといえば猫も杓子も似たような安い正義に基づいている。
 セブンスドラゴン2020なども、内容はともかくとしても、開発元は、もう倒産したが、JRPG projectなるものを掲げていた。私がセブンスドラゴン2020にかくもはまったのはキャラクターメイキングがかなり自由だからというのがあっただろう。プリセットのプレイヤーキャラクターだったらこうも熱中しなかっただろう。それでもセブンスドラゴン2020は好きなのだから、別に私も一概にJRPGを嫌うわけでもない。


 テイルズオブシリーズもJRPGの象徴的作品とはされている。しかしどちらかというと、このシリーズ、前はテイルズシリーズと書いたがテイルズオブシリーズらしいが、このシリーズは単純な勧善懲悪に頼らない深みのある、時として鬱展開も辞さない複雑な展開が持ち味である。私はテイルズオブゼスティリアを散々に貶したが、この作品はテイルズオブシリーズでも特別にクソゲーであるとされており、テイルズオブシリーズ全体を批判するというつもりはないのだ。私の批判は一応テイルズオブゼスティリアにとどまるものである。
 ちなみにアニメショップでテイルズオブゼスティリアのグッズを探してみてわかったのだが、ゼスティリアは黒歴史扱いであるのか、公式グッズが出ていない。この書き方は錯誤の上に成り立っている。店頭を覗けばゼスティリアのグッズは並んでいる。しかしよく見ると並んでいるのはテイルズオブゼスティリアザクロスのグッズであり、テイルズオブゼスティリアのグッズではない。
 閑話休題。テイルズオブシリーズは見た目こそアニメチックでありJRPGの象徴的作品でもあるけれどそこまで内容を批判的に思っているわけではない。ゼスティリアはひどい作品であったようだけれど。


 しかしまあクソゲーというのはレビューを読む限りにおいては楽しいものである。名作ゲームのレビューを読んでも特に面白くもない、というか名作ならゲームをやればいいのだけれど、クソゲーというのはレビューを読むのにとどめておくべきだろう。当たり前だが。
 コンシューマーゲームは市場が大規模化したのもあって昔のような、バグにまみれたような、あるいは突飛過ぎる発想のクソゲーは少なくなってきた。しかし業界が修羅の国と称されるエロゲーはむしろクソゲーが増えているのではないかとも思える。いや、業界自体衰退しているから数的に少なくなっているのかもしれないけれど。


 私見ではエロゲーというのはマブラヴオルタネイティヴを劃期として凋落したと思っている。マブラヴオルタネイティヴが駄目だったという意味ではなく、マブラヴオルタネイティヴが最後の華だったという意味だ。あの頃にはもう人材がエロゲーからラノベに流出していた。一時期、いわゆるゼロ年代にはエロゲーはオタクコンテンツの牽引役であったが、絵もシナリオも、売れる人間は皆ラノベに乗り換えており、エロゲーはただの残り滓のようになっていった。葉鍵月などと呼ばれていた頃は栄光めいた輝きもあったが、今ではすっかりしょぼくれている。

 絵などは、萌え絵の頂点はエロゲーにこそあったような時代もあったが、今や陳腐さを免れえないものが大半である。エロゲー出身で有名になった絵描きはたくさんいるけれど、エロゲーにその人材は残っていないし、今ではラノベのイラストのほうがよほど豊富だ。
 キャラの造形、絵のセンスを抜いたものとしても、エロゲーキャラクターは貧相さを増している。売れなくなったので冒険もできないということだろう、客の好みにおもねって、バリエーションの豊かさを失っている。ヒロイン並べると巨乳巨乳巨乳ロリ巨乳みたいなのばかりであり巨乳もロリも嫌いな身としては遺憾でしかない。
 シナリオにしても、特に安くてくだらない評価の低い抜きゲーの話ではあるけれど、ギャルでセフレをとっかえひっかえしているという設定なのにもかかわらず処女というわけのわからないキャラがおり、要するにいわゆる処女厨におもねっているわけである。

 業界衰退によるデバッグ不足によるバグまみれのゲームなどは悲哀を感じると言わざるをえない。貧弱なテキストやグラフィックもそうだ。しかし冒険を嫌ってユーザーにおもねって巨乳とロリな処女ばかりが並ぶような点などはあまり同情する気にもならず、全体的な陳腐化は弁護もしたくなくなるもので、これは異世界転生過剰のラノベにも通じようが。こういった傾向から見れば、著しい完成度の低さからクソゲー認定されてはいるが、メンヘラ(ヤンデレではない)ヒロインエロゲーやヒロインレイプ目撃みたいなエロゲーの方は余程の好感が持てる。
 また未完成で売り出してあとからパッチや追加パックでなんとかしようとする、未完成商法、DLC商法、パワーアップキット商法などは、修羅の国エロゲーなればまだしも、近年ではコンシューマゲームでもパッチが一般化したのもあり、業界の悪しき風習ともなりつつある。エロゲーから話は外れるが、洋ゲーのストラテジーなどでも完成度の低い状態で本編を出しパッチと追加パックで完成度を高めるというのは常態と化している。しかし良作といえる作品は本編単体でもパッチもあって楽しめるし追加パックはあくまでも追加である。しかしコーエーのパワーアップキット商法は未完成のクソゲーを高値で売りつけてパワーアップキットでようやくまともになるという程度であり更には高い。

 個人的にエロゲーのシナリオで特に滑稽に思えるのが、設定あるいは本編日常シーンではコミュニケーションが苦手で時として女性恐怖症みたいになっているのが、いざヒロインが出てくると普通に話して、なおかついざセックスシーンになるとAV男優も真っ青な口調になる、いわゆるベッドヤクザ化する、というのがある。女性恐怖症の童貞が初めての処女とのセックスで「今日からお前は俺専用の穴だ」みたいなことを言うのである。また、昔見かけたもので、女子校女装潜入もので普段は女装した女の子と見まごうばかりの華奢な男なのに、セックスシーンだと肌色も濃い筋肉ムキムキの男になるというのがあった気がする。エロゲーでは線の細そうな童貞少年でもセックスシーンだと肌も浅黒く、やたら筋肉ムキムキな腹筋シックスパックとかよくあることである。
 女もたいがいである。私がどうも気に食わないらしいのが、処女の女たちがセックスはじめた瞬間に嬌声をあげて性的快楽に溺れる描写である。女性は慣れていない(エロゲー的にいえば開発されていない)と腟での快感を得ることはないというわけであるけれど、ただリアリズムが云々というのではなく、エロゲーは全部そんなのばかりなので、興が冷めるところがある。別に萌えエロコンテンツのリアリズムなど追求するだけ無為無益なのは確かなのだが、あまりに空疎な描写ばかりでもいかがなものかと思ってしまう。
 エロゲーで伝統的なのは妹ヒロインである。妹が実在する人間にとっては気持ちの悪い近親相姦でしかないのだが、一人っ子が多いというのみならず一部には妹が実在する人間でも楽しんでいるそうだ。これも別に一概に悪いなどとはいわないけれど、安易といっていいレベルで頻出するのでうんざりせざるをえない。エロゲーの妹ブームの発祥はなんと二十年前のPC98エロゲー同級生2であるから世のオタクは二十年以上妹を愛しているらしい。ただエロゲーで妹がもてはやされたのは、変更可能であるのが一般的だった主人公の名前を音声で呼ぶことができないという事態に直面したエロゲー業界が、とりあえず声優に「お兄ちゃん」と呼ばせておけばすむ妹に着目したというのもあったらしい。ヒロインが人口合成音声で主人公の名前を呼ぶ特許はコナミが持っているのだ。まあ近年は姉キャラも流行りだしているようではあるけれど。


 こう書いてみると、つまり私が嫌いなのは、苛立ちを覚えているのは、JRPGにせよエロゲーにせよ、その内容そのもの、安い正義とかイキまくる処女とかそれ自体なのではなくて、むしろそればかりになっているという多様性のなさだと思える。まあ、熱血少年主人公とか巨乳とかは確かにそれ自体嫌いではあるけれど、こうも多様性を失っていなかったらこんなに苛立ちもしなかったかもしれない。
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ソースはありません その2 [雑記]

 今さっき調べてみたが、「ソースはありません」の中で私が水晶の記事で「水晶は氷の化石である」とか書いたと書いたが、水晶の記事を見てみたらそんなことは書いていない。よく考えてみたら化石などという概念は近代的にも思う。しかしそう思い込むくらいに私が「古代では水晶は氷の化石であると信じられていた」という認識を強くもっていたということである。
 こうなると澁澤龍彦の水晶についての記述を探したいが、昨日書いたようにこのブログは無責任なものなので別に調べてはいない。一応、「氷の化石」で検索するとそれらしき記事が出てくる。もっとも、スピリチュアル系のものばかりだが。
 一応Wikipediaの記事には大プリニウスによって永遠に溶けない氷だと信じられたなどと書かれている。が、大プリニウス先生一人が信じていただけのなら水晶と氷両方にクリュスタロスというギリシア語が冠せられたりしないだろうし(大プリニウス先生はローマ人であるし)、古代世界の常識であったのだろう。

 マルティコラスの方は一応確かである。というのは、『私のプリニウス』にはちゃんと澁澤龍彦がプリニウスが伝え間違えたと書いているからである。これを根拠に私は「大プリニウス先生のスペルミス」と称してきたのである。
 そうなるとWikipediaの記事はあやふやである。マンティコアはギリシア語でマンティコラスであるなどと書いているし、クテシアスもアリストテレスもマンティコラスと述べていたかのようにみえるが、マンティコラスなるものは大プリニウス先生の間違いであるから、クテシアスもアリストテレスもマルティコラスと書いていたのに違いないからだ。
 ただネットで探してもマンティコラスが大プリニウス先生のスペルミスなどと書いているのはこのサイトだけみたいなので不安にもなってくる。なので確認してみたが『私のプリニウス』には大プリニウス先生のミスだと書かれている。

 水晶の方は澁澤龍彦のエッセイをちょっとあたってみたがどの巻に記述があるのか見当もつかない。いつかわかる日が来るのであろうか。
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ソースはありません [雑記]

 澁澤龍彦の『私のプリニウス』を読み返してみたが、宝石の項目の水晶(クリュスタロス)の部分に「水晶は氷の化石である」などと一言も書かれていない。

 水晶は氷の化石であるとは私が偉そうに一年くらい前に書いている。これは常識であって別に大プリニウス先生の説ではないとも書いている。
 しかし『私のプリニウス』には上記のことは書かれていないのである。

 多分澁澤のほかのエッセイにちゃんと水晶について書かれているとは思うのだが、調べてはいない。別にこのブログは学術的なものでもないしなにかに責任を負う必要があるわけでもない。とはいえ幾つかの項目でグーグル検索をかけるとトップにこのサイトが何故か出てきたりもするので、完全に無責任に振る舞っていいものかどうか迷う。
 だからサイトの説明に「ソースはありません」と書くようにしたのだ。

 だいたい澁澤龍彦はともかくとしても、大プリニウス先生もアリストテレスとかの受け売りをそのまま垂れ流しているのだから厳密にソースとか拘泥するのもどうなのかと思う。水晶が氷の化石であるというのも大プリニウス先生が創作したのかというとあまりそうとも思えない。もちろん私などがそんなものを創作できたりはしないのだから、大プリニウス先生なりアリストテレスなりがそう述べているのであろう。

 マンティコアがマルティコラスのスペルミスで大プリニウス先生が戦犯だというのもこれもあまりに自分の中では有名なので疑ってもいない。当該の記事に古代ペルシア語のスペルまで書いているのだから一応調べたのであろう。が、かといってそれを保障する気もない。

 いや、古代の大プリニウス先生と自分を比べてもどうしようもないのだが。
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ファンタジーとユートピアと私 [雑記]

 私はユートピストである。千年王国も好きなところはあるのだがやはりユートピアを志向している。
 私は一応小説家で、ユートピズムを念頭に置いて小説を書くことは多いが、必ずしもいつもそうではないのだが、やはり読んでくださっている人から見ると作品からユートピズムが出ているらしい。

 前にも書いたけれど、私のファンタジー世界はユートピア志向からはじまった。高校の時登校拒否をして、まあ卒業したので通学したのだが、授業中現実逃避のためにファンタジー世界の設定を延々と考えていた。そんな人間の考えるファンタジーである。当然ユートピアなり千年王国を志向するわけだ。特にヨーロッパの「中世」は400年以上「停滞」の続いた時代だった。ユートピアの夢を仮託したくもなる。修道院というユートピストの夢想にぴったりの施設もあった。
 しかし社会科学の好きな私は夢想的ファンタジー(奇妙な言葉だが)に甘んじることもなくリアリティのあるファンタジー世界を求めていた。これも矛盾した言葉に思える。

 けだしそのような「時間の進化のない閉じた世界」という夢想の実現は難しい。

 大学で本格的に鬱病になり、その最悪期は本も読みたくなかったのだが、そういう時に読んでいたのが「日本のおとぎばなし」とか柳田國男の「遠野物語」だった。「病んでいる」とその時人に言われたが、まったくである。
 結局世界規模で「閉じた世界」を作ろうとするより昔からあるユートピア、理想郷、隠れ里、迷い家、そういったものに触れたほうが早いわけである。実は一昨日も「京丸」について記事を書いていたのだがブログサイトが不調で書き損ねた。
 「憑きもの」についてはとある民俗学の本で読んだが迷い家については詳しくはない。
 とはいえ「理想郷」、閉じた世界を求めるのは人類普遍と言い切ってもよい願望であるし、いくら進歩主義がそれらを退嬰と批判しようが「おとぎ話」を湮滅しようがないのである。

 結局いつもながら何を書きたいのかよくわからない文章になってしまった。
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銀河英雄伝説について [雑記]

 銀河英雄伝説という小説がある。略称銀英伝。アニメ化もされているが、全110話のOVAというかなり途方もないものであった。今度また再度アニメ化されるらしい。
 この大河小説は支那の史的演義から欧州のナポレオン戦争に至るまでの史劇に取材し、それらを一つのバランスあるものに仕上げた、まさに大作である。
 とはいえ、欠点がないわけでもない。むしろ少ないからこそ欠点が浮き出る。

 まず些末な、実にどうでもいい点など。

 門閥貴族の首魁で「悪人」である登場人物に「ブラウンシュバイク公」なる人物が出てくる。のだが、ブラウンシュヴァイクというのはドイツでも有名な地名であり、ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公国は歴史的にも神聖ローマ帝国の、現在のニーダーザクセン一帯を支配した大国であり、後にハノーファー選帝侯国、ハノーファー王国となった。ハノーファー選帝侯はやがてイングランド王国と同君連合を結び、イングランド王国、つまり現代の連合王国は現在でもハノーヴァー王朝が続いている。つまり「イギリスはブラウンシュバイク公の血筋である」わけである。
 せめてもっとマイナーな名前を選んで欲しかったものである。
 余談だがアニメだとブラウンシュバイク公の旗艦は「ベルリン」である。「ハノーファー」なら格好がつくのだが。

 どうでもいいことが長くなった。

 銀河英雄伝説にはもっと大きな問題点がある。「地球教」である。
 見ていて思うのだが、物語が進むごとに地球教の存在が大きくなっていく。これが問題である。地球教が様々な陰謀を巡らせるわけだが、これらがどんどん成功してしまう。これによって地球教が「悪」をすべて請け負ってしまう。逆に、主要な登場人物であるヤン・ウェンリーやラインハルト、それどころか例えばオーベルシュタインなどが、地球教が悪を引き受けた分「純粋善」となっていく。そして彼らは「悪」から免責されるわけだ。
 もちろん娯楽小説としてはそれで結構なのだが、それなりに「政治的」な匂いのする作品であり、史劇を衒っているのだから、そこがどうにも容認しがたい。
 なおかつ劇中で「テロは歴史を動かさない」などというお題目を掲げているのに自己矛盾ともなりかねない。

 あとは中規模な欠点。
 劇中やたらと、「政治家や貴族、その子弟が安全な後方に隠れていて前線で戦わない」という理由で否定され、「前線に立つ」という理由で主要主人公たちは肯定される。
 しかし、実際の歴史において、つい最近の第二次世界大戦でも、「悪」の側である枢軸国においても主要な政治家や貴族やその子弟が前線に立っている。大日本帝国では、上級士官なら閑院宮あたりが指揮をとっていたし、下級士官でも近衛家だったか、高級華族、公爵家の子息がシベリア抑留で死亡している。ドイツ国でもナチスのフォン・リッペントロップの息子は戦車エースとして有名である。連合国でもマウントバッテンなどはほぼ前線指揮官であっただろうし、であるからして日本嫌いだった。
 まあおそらくはメイミョウで芸者と遊んでいた牟田口廉也あたりを念頭に置いて書いたのでろうが。
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「ドラクエ的世界」と久美沙織の予言 駄文 [雑記]

 最近……というよりはムーヴメント自体はしばらく前だろうか、勇者だの魔王だのの「日常系」とでもいうべきライトノベルが流行った。まあこのブログの視点からして基本的に嫌いなのだが。
 読んだこともないし関心もないのではあるが、こういったものは奇妙に思える。つまりドラクエのような、社会的実存基盤の極めて疑わしいモティーフを用いて何故読者が共感できるような物語が成立しうるのかということである。
 それはつまり読者の現実がそれだけ、ドラクエ世界の疑わしさと同じレベルまでに崩壊しているのではないか、とも思える。

 初代ドラクエのノベライズを行った久美沙織は、ドラクエ的なものはいずれ廃れる、良貨が悪貨を駆逐すると「予言」したものだが、その予言は大外れしたわけである。

 久美沙織が奇妙に思った点の一つとして思われるのは、要するに勇者一行が家捜しして他人の家の箪笥や壷を勝手に漁ってアイテムを手に入れるような行動であるようであったと思う。
 これについてはあるライターが「脳内補完」しろと書いていた。つまり家の主人に勇者一行が「ここには伝説のXXがあるという噂を聞きよろしければ家を見させてくれませんか」みたいなやりとりがあるのだと補完しろというわけである。
 しかしそんな脳内補完をしているプレイヤーももはやほとんどいまい。

 私にはやはり読者の現実の方がドラクエ的世界並に不安定なのだと思えるのだが。
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平行世界のその後 [雑記]

 平行世界、パラレルワールドが出てくる作品がよくある。

 また、タイムリープもの、つまり時間を遡及してやり直しては「ハッピーエンド」を求めようとする作品もまた珍しいものではない。これもまた、バッドエンドな世界とハッピーエンドな世界とが平行しているわけなので、平行世界ものといえる。
 シュレーディンガーの猫におけるいわゆるエヴェレットの多世界解釈についていうならこちらの方がより正確な平行世界の概念に近い。まあエヴェレット解釈についてはコペンハーゲン解釈によるとエヴェレット解釈はコペンハーゲン解釈の一面を解説しただけのものにすぎないらしいが。
 まあ量子力学の話はさておき。

 で、思うのだが、タイムリープで「主人公」はベストな結果を求めて平行世界を行き来するのだが、ではそれ以外の平行世界はどうなるのであろうか。
 例えば最初の世界線でヒロインが死んだり世界が滅亡したとして、主人公は他の世界線でそれらを救うとする。しかし最初の世界線での結果が覆るわけではなく、その最初の世界線は悲劇のまま主人公の新しい世界線とは平行して平行世界として存在し続ける。

 どうもそこが責任放棄に感じるというのか、「最初の世界線」を「棄てる」という構造に納得出来ないので、タイムリープものには違和感を覚える。
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表現規制と萎縮効果についてのどうでもいいこと 愚痴 [雑記]

 診断メーカーというサイトがある。主にツイッターと連携して利用される。診断と称しているものの、基本的にはランダムでしか結果を算出しないので、どうでもいい暇つぶしのネタにしか使えない。

 それで、「世界史格言」みたいな診断を作ろうと思ったのだが、いざ登録しようとすると下の方に人種差別だの誹謗中傷だの卑猥なものだの不健全なものは登録禁止と書かれている。しかし作ろうとしているのは世界史格言であるから、そういったものに抵触しやすい。なにせヒトラーだのスターリンだのそんな人物の言葉が並んでいる。
 また逆に、「死ぬ」だの「殺す」だのといった表現も自動的に伏字になるのだが、こうなると逆に人権や自由の大切さを謳った言葉もまたNGになる。
 後者は自動的に伏字にされるだけで、まあ愚かだとは思うが、対処できる。しかし前者である。これがどこまで引っかかるかよくわからない。曖昧極まりない。しかも診断メーカーの運営者の判断基準もわからない。例えば「ユダヤ人」「天皇」という言葉があったら即削除など考えうる。
 そして最後に違反したら削除、あるいはアカウント禁止などと書かれている。

 削除されるのは構わないがアカウント禁止されてはたまらない。というわけで萎縮した私は作るのをやめた。そして、ああ、これが表現規制における萎縮効果というやつなんだなと実感したわけである。

 まあ、実にどうでもいい話であるが。
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ファンタジー世界という逃げ場 [雑記]

 ここまでそこそこ長くこのウェブログを記載しておいて「これはなんだ」ということを一切書いてこなかった。「なんなんだこのブログは」と。そもそもこれを書いている私が誰なのかも説明というのか、していない。このブログの存在意義についてなんの説明もなくいきなりCardWirthの記事からはじまって唐突に百合の話などをしている。
 といっても特別説明する気もなく、実はずっと説明せずに延々とCardWirthやファンタジー世界の記事を書こうと思っていた。のだが、多少不親切なのかと思われるのでたまには雑記を書いてみる。特にこのブログの解説をするつもりもなかったりする。

 私は中世ヨーロッパ風ファンタジー世界が大好きである。なぜかは不明である。おそらく初めてそれに触れたのは、おおよその日本人と同じくコンピュータRPGによってである。今となっては貧相なドラクエやらファイナルファンタジーである。といってもうちは家庭用ゲーム機禁止の家だったのでゲームはあまりしていない。しかしだからこそ余計ゲームを求めるようになったのだろう。ゲームや漫画を禁止する厳しい家の出身ほど反動でオタク化しやすいというのは一部では常識である。
 そして私は他の人よりより好奇心旺盛で知識欲盛んであった。更には近所の本屋には当時珍しかった新紀元社や富士見ドラゴンブックのコーナーが存在した。そんなわけで「ファンタジー世界」について運よくか悪くかより深く触れることになった。
 折しも『ロードス島戦記』が出版された頃で、ファンタジーブームが訪れつつあった。それで私は新紀元社の本や富士見ドラゴンブックの本のお陰でよりディープにファンタジー世界に触れることになったわけである。
 ところで時を同じくして私の精神状態は非常に悪化していった。仔細は面倒なので書かないが。結局高校に至って登校拒否を起こして、その後無理やり高校に通ってなんとか「登校拒否を克服して」大学に入り、育英会学生ローンを背負い込みつつなんとか入った大学でいじめに会いまた精神崩壊させるのだが。
 まあ私の惨めな人生はともかくとして。

 そんな時に私の現実逃避、精神の逃げ場となったのがファンタジー世界だった。高校の時はもうオリジナルのファンタジー世界を構築してそこに逃げこむことだけを考えていた。頭の中では完全にそのオリジナルのファンタジー世界の住人として過ごしていた。
 ところがオリジナルのファンタジー世界を作りこもうとすればするほど破綻が見えてくるのである。経済体系、社会体制、など。
 それに加えて中世ヨーロッパ社会についての知識が絶対的に不足していた。

 そんなわけで「社会」がどのようにして構築されてきたのかを知るために名前からしてそれっぽい学問である「社会学」を志したりしたのだが……まあ望むものは大して得られなかったしそもそも大学で精神崩壊したのだからどうしようもないことだった。

 どうでもいい話であった。私がやたらファンタジー世界を好きなのはこのような理由からである。というお話である。
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