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変態の定義 [エロティシズム]

 変態の定義が最近曖昧化しているので整理が必要だろう。「正しい日本語」のためにも。

 変態というのは量の問題ではなく質の問題である。性欲が多かったり性欲が多いことを他人にアピールしても変態にはならない。

 変態というのは「その一定の性癖」でしか性的欲望を喚起できない人間のことである。

 例えば女子高生の制服が好きな男がいるとする。その場合制服を着た女子高生が好きなだけなら変態ではない。しかし彼女が学校制服を着ていないと性欲を起こせなかったらそれは変態である。
 更にいうなら女の存在がなくても女子の学校制服だけで性欲を起こせるのでも変態には値しないかもしれない。しかし女の存在がない女子の制服という、その制服というものだけでしか性欲を起こせないのであれば確実に変態である。

 なお世界で一番多い変態は異性愛者である。彼らは異性にしか性欲を起こせない。深刻な変態であり、なお深刻なことに人類の大半はこの変態なのである。
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オナニーの起源 [エロティシズム]

 オナニーという言葉の語源は旧約聖書の登場人物オナンにある。このことはそれなりに有名かもしれない。オナンは精液を地に零したことでヤハウェから罰せられたと認識されておりこれがカトリックにおけるオナニー忌避論に繋がった。
 ただ実際にオナンがヤハウェから罰せられたのはユダヤ民族の掟である嫂婚制(レビラト婚)に従わなかったからであり、別にオナニーをしたから罰せられたわけではない。

 詳しく書くと、オナンの兄エルが死亡したため、オナンはエルの妻、嫂タマルと結婚しなければならなくなった。しかしオナンはそれを拒んでタマルとの性交の際に膣外射精した。つまり精液を地に零した。それがヤハウェの怒りに触れて罰せられることになったというわけであり、オナンがしたのはオナニーではなく膣外射精、つまり避妊である。
 更に詳しく書くと、何故オナンがそのようなことをしたかというと、オナンとタマルとの間の子供には兄であるエルの相続人になってしまい、オナンの相続人にならないからである。子供ができても兄の相続人でしかなく自分の相続人を持てないから避妊したわけである。
 なのだが、いつの間にか自慰のことをオナニーと呼ぶようになった。地に精液を零したという点だけが同じであるからだが。

 自慰であるところのオナニーが特別オナンの悪徳、ヤハウェの怒りと結び付けられたのは中世カトリックの修道院社会においてである。つまりオナニーが禁欲主義に反するというわけである。しかし聖書の教えからして去勢もまた神の教えに反するようである。カトリックではないが東方正教のとある異端では去勢行為が聖なる行いとされた。仏教では去勢行為が行われ羅刹と称された。
 またあの有名なカタリ派、アルビジョワ派では生殖行為を禁止はしたが、逆に生殖に結びつかない性交は問題がないとされしばしば乱交などが行われたなどとされるが、カタリ派の資料自体がカトリックにより破壊されたものも多いので実態は不明である。とはいえこの点をもってカタリ派がカトリックに責められたのは確かだが。
 というわけで中世カトリックの修道士たちはオナニーを自らに禁じオナンの罪こと「劣情」と悶々と戦い続けていたわけである。


 男性のオナニーは通常男根の刺激によって行われるが前立腺への刺激によって行う方法もある。直腸から直接行う方法もあるが、いわゆる床オナ、男性器を床に擦り付ける方法も前立腺を刺激することになる。
 女性の快楽は大まかにいって二つあることになる。つまり陰核への刺激とGスポットへの刺激である。膣での快楽を認識できる女性は決して多くはなく、一部の女性は一生知ることはないという。膣での快楽は多くをGスポットによるとされる。
 男性と女性の性器はそれぞれ元々胎内では同じ器官であったのが分化したものである。つまり男性の場合は亀頭になった部分は女性の場合陰核に相当し、男性の場合前立腺になった部分は女性の場合Gスポットに相当する。
 よって男性が女性の快楽を味わうには前立腺を刺激するといいはずである。女性化願望が強い男性はその方がいいのだろう。

 とはいえわからない私が部分も未だある。男性より女性の快楽の方が優れていたことは神話時代から現代に至るまでいわれていることだからである。
 即ちギリシア神話のテイレシアースは、性転換が行えたため男女の性の快楽を両方知り、神々に男女の性の快楽の差異を尋ねられた時「ヘーラーの快楽はゼウスのそれより十倍多い」と答えたがためにヘーラーの怒りを買い盲目にされた。ゼウスはそれに配慮して彼に予言の力を与え、テイレシアースはオイディプスに予言をしたりするのだが、まあそれは長くなるので止めておこう。
 現代においても、シモーヌ・ド・ボーヴォワールだったと思うが、男性は性的快楽のために気絶したり己を失うことはないが、女性はその快楽の強さのため性交中に気絶したり己を失ったりするなどと述べている。
 私はどうにもやはりマゾヒズム的快楽が前立腺相当器官に加えて作用すると思うのだが仔細は知らない。というより女性ではないのでわからない。
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