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悠久なる中華帝国 その2 [歴史]

 日本語として思想という言葉と、哲学という言葉がある。単純にいって哲学は思想よりも高級と思われる。
 思想と呼ばれるものがが発達したのは古代支那、諸子百家と呼ばれた頃のことである。支那全土で儒家や道家、法家と呼ばれた思想家たちが論戦を戦わせていた。
 有名なものの一つが性善説と性悪説というものの対立があるが、これは儒家についての二つの思想であった。今では法制度論などを語る時にこれらの言葉は用いられるが、元々は発達心理学と教育論についての言葉であった。つまり、性善説とは、人間には生まれながら徳が備わっているから教育によりそれが失われないようにすべしというものであり、性悪説とは、人間には生まれながら徳が備わっていないから教育によりそれを身につけさせるべしというものである。
 綺麗事が大好きな理想論しか言えない多くの儒家は性悪説を嫌ったが、法家にとっては論理的な説だと支持された。法家というのは、今でいうなら法治主義と保守主義がそうである。保守主義というのは基本的に性悪説でものを考える。


 諸子百家の中に名家と呼ばれる一派がいた。公孫龍の白馬非馬論が有名である。白馬は白馬であるから馬ではないというような論である。
 これは古代支那にあって、ただの屁理屈として嫌われた。そして名家はそのまま流行らず廃れてしまった。
 ところが、西洋哲学とはまさにこの名家、公孫龍の白馬非馬論のような「屁理屈」から発展した。今でもそれは「論理学」として知られている。大学でも哲学や法学をやる人間はこの論理学を学ぶことになる。古代支那で廃れたものが西洋では発展し、今でも学問の中枢にあるのだ。

 この違いはなにか。これはもはや西洋文明と中華文明の本質的な違いに根ざすものといわざるをえない。
 すなわち、西洋文明というのは抽象や普遍を目指すが、中華文明というのはひたすら具象に留まりその地平から飛び立つことがない。
 代表例といえるのが漢字の存在である。漢字というのは、理念としては、この世界、宇宙にするすべての事物事象の数だけあるべきなのである。他の言語なら文字を増やすのではなく表記を工夫するところを、中国人というのは事物事象の数だけ漢字を作ろうというのが理念なのである。抽象的な文字を発明しようなどという発想はそこに存在しない。そこにあるのは、ひたすら事物事象そのものを認めるという中華文明思想なのである。


 とにかくも中華文明というのは、ひたすらに現実的、実際的、即物的なのである。それは近年の中国の科学技術開発にも見て取れる。西洋文明による科学技術開発というものは、キリスト教の理念がその根底にあることもあり、理念的であり、それが名目上のことであることがしばしばあったとしても、科学技術の発達は人類普遍の進歩であり、人類共有の財産であるとされている。キリスト教の理念がこの科学技術の発達に寄与したという理屈は、以下のようなものである。すなわち、科学技術の解明というのは神の真理の探求なのである。神の創り給うた自然の秘密を解明するということは、すなわち神を理解するということなのであるから、キリスト教には科学技術の、人類普遍的な進歩に対して宗教的インセンティブがあるのだ。
 ところが、中国、中華人民共和国の科学技術の発展というのは、どこまでもかの国の国益のためだけであって、人類普遍の進歩のためなどと、彼らはスローガンとしてすら掲げていない。名目としてすら人類普遍の進歩であるとか、人類共有の財産であるとかいうようなことを言おうとすらしない。アメリカの掲げる理想をどれだけの人間が信じるかはともかくとしても、中国というのはそういうお題目の理想すら掲げない。ただひたすら即物的に、敢えていうなら中華人民共和国の国益のためだけに行っているのである。宇宙開発から量子コンピュータに至るまで、中華人民共和国は他国と協力する気などなく、人類普遍の価値とも思わず、国益のためだけに推進しているのだ。彼らが宇宙開発を行うのは宇宙の真理を解き明かすためでもなんでもなく、ただ国力国威、そして宇宙空間の支配のためだけであり、彼らが量子コンピュータを開発するのもそれによって量子の秘密を解き明かして宇宙の神秘に迫り人類の文明の発展に寄与するためではなく、軍事的に極めて有益であるからだ。
 彼らは、人類普遍の価値、進歩、あるいは真理の探求などという発想は、四千年前から有していない。


 中華帝国というのは世界史の中でも特殊な存在であろう。ヨーロッパ世界特殊さとの対極に存在するともいえる。
 なにせ、中華帝国には、十九世紀まで「外国」「外交」という概念が存在しなかったのだ。中国人にとって世界に存在するのは中国だけであり、他にこの世に存在するのは中国の従属国と辺境の野蛮人だけであった。だから中華帝国には中華帝国の外に中華帝国と対等な国家など存在しないのである。中華帝国が「対等な外国」の存在を認めたのは鴉片戦争で敗れた後のことである。中華帝国には自分と異なる文明を尊重するなどという精神的伝統が四千年間存在しなかったし、これからもそうであろう。

 だからこそ中華文明に人類普遍とか人類共有の発展とかいう概念が存在しないのも当然なのである。なにせ中華帝国以外に国など、人類社会存在しないのだから、中華帝国以外の人類社会など知ったことではないのである。中華文明に存在するのは中華帝国の利益だけなのである。彼らにとって人類社会すべては中華帝国だけなのだから当然である。

 また中華帝国というのは四千年間延々と内戦と派閥抗争、内ゲバをやっていた文明なのであり、そこには理念など存在せず、存在するのはただ政治的優劣だけなのである。


 それに対してヨーロッパ文明が人類普遍の価値などというものを信じるようになったのにも、長い文明的伝統を経てのものであった。抽象的観念を突き詰めていったギリシア文明、社会のはみ出しものの寄せ集め集団からはじまったが故に高度な文化的普遍性を有していたローマ文明、そして名目上ではあるにせよ全人類は神の被造物であるが故に平等であるとするキリスト教文明、これらの伝統が、人類普遍の価値などという幻想を作り出したのだ。


 ところで何故中華帝国には「外国」がなかったのであろうか。
 それは前も書いたが、中華帝国、支那民族というのは広大な中華大陸にあって安定した文明的統一性を保つことができたからである。華北から華南、広東や蜀巴に至るまで、ほぼほぼ同じ、均一性の高い、等質な支那民族が住んでいる。一応広東語や閔語その他の細かな差異のある言語は存在するが、概ね彼らは皆自らのアイデンティティを支那民族としている。
 だから、自文明とは異なるものなどは辺境の下級民族だけであり、中華帝国にいるのはどこまでも支那民族なのであるから、文明の異なる外国などという概念が存在しない。
 何故中華帝国は、支那民族はこのような文化的均質性を保つことができたのか。それは支那大陸の地形的要因が強い。これは前も書いたが、支那大陸にはそれほど険しい山脈がほとんどない。蜀巴や閔南などは険しい山で隔てられているが、蜀巴については長江という交通の動脈が存在した。閔南は伝統的な中華圏からすると文明の辺縁とされている。中華文明圏にあまり含まれていない。だからこそ客家という亡命集団も存在する。
 もちろん中華帝国にも異文明は存在した。従属国と四夷と呼ばれた野蛮人である。しかし彼らは中華帝国にとって対等な存在ではない。しかししばしば、特に北方の騎馬民族が中華帝国を襲い、何度となく華北や支那全土を劫掠し、また彼ら自身の王朝をすら建てた。しかし彼らは、あくまでも自らの帝国を中華帝国として建国した。モンゴル人は漢人、特に華南人を極めて冷遇したし、満洲人は漢人に辮髪を強要した。とはいえしかしそれでも彼らの帝国は中華帝国であった。根源的な存在としての変化はなかった。実際、モンゴル人も満洲人も冊封体制を取り続けた。


 逆にヨーロッパに「外国」が存在する理由も前に述べた。ヨーロッパ大陸はアルプスや地中海、北海やバルト海、ピレネー山脈やトランシルヴァニア山脈で分断されていたため、文化的に寸断されたため、文化的差異が大きくなり、であるがゆえに「互いを尊重する」という態度、つまり「対等な外交」という発想が生まれた。

 ヨーロッパにも全ヨーロッパの統一という理念がなかったわけではない。その理念の柱は古代ローマの復活であった。だからヨーロッパには一九世紀まで皇帝はローマ皇帝しか存在しなかった。


 最後に余談だが。ヴァイオレット・エヴァーガーデンという作品には舞台になる世界の大陸地図が用意されている。
 これが、見たところ、オーストラリア大陸を元にしたかと思われる丸っこい大陸で、そこにヨーロッパ風の地名が記載されている。
 さて、この大陸がオーストラリア大陸をモデルにしたとするならあの作品のようなヨーロッパ風世界になるのであろうか。まずそもそもオーストラリア大陸はその大半が砂漠という不毛の大陸である。そのままモデルにはできない。
 問題なのは、「ヨーロッパ化」の条件、地形が民族を十分文化的に分断できる複雑さをもっているか、である。少なくとも海洋による分断はなさそうであるから、現実のオーストラリア大陸と異なって内部はかなり山脈で分断されているのであろう。しかしこの大陸の緯度や周辺海流にもよるだろうが、下手をしたら内陸部は本当に不毛の地しか広がらない可能性もある。
 というように、本来ならあだやおろそかに架空世界の地図などでっち上げられないのであるが、まあ、実際にそこまで追求する人間もほとんどいないし、そんな整合性まで気にする人間もほとんどいないし、そもそもそんな発想をする私のようなひねくれた人間もいないであろうから、どうでもいいといえばどうでもいい。しかしそこをどこまでどうでもいいかと思うかは、個々人の趣味次第なのである。
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戦略、百年戦争、コーエー [歴史]

 最近のスマホゲームの謳い文句で、そこそこ聞くことがあるのが、「戦略的バトルを楽しめる」というのがある。しかしそもそも戦略とバトルは違うものであり、英語でいうならTierが異なるものであり、こんな言葉は成り立たないように思える。まあ相変わらず下調べとかしていないのでいい加減な知識に基づいているから保証できないが。

 今日はその話をしたかったのか、それともコーエーテクモ、の中でも特にコーエーのゲームを批判したかったのか、よくわからない。


 戦争には幾つかのTierがある。日本語だと順序とか序列とかいう言葉になるだろうか。和訳しにくいので最近の洋ゲーだとTierのままにしてあることが多い。

 戦争の最小単位は戦闘である。バトルである。これは要するにいかに銃弾を敵兵に当てるか、とか、敵戦車にいかに歩兵が肉薄するか、といったような内容である。あるいは剣を振るうとしてどこを狙うか、攻撃をパリイすべきか、躱すか、なんてことでもある。
 ゲームでいえばFPSにあたる。

 その次が作戦である。部隊をどう動かすか。艦隊をどのように運動させるか。艦載機の発着はいつ行うか。そういう個人ではないレベルのお話である。
 それと戦術がある。戦術と作戦を明確に分けるのはここでは面倒である。いや、違いはあるのだが。
 たとえば、対馬沖海戦で見ると、対馬沖を戦場に設定したことも作戦であるし、トウゴウ・ターンは戦術である。ネルソン・タッチも戦術であるし、フリードリヒ大王の内線作戦は内線作戦というくらいだから作戦である。カンナエの戦いでのハンニバルの機動は戦術である。
 作戦はプランニングであり、戦術は具体的な手法である。

 その上にあるのが戦略である。戦略は多くの分野を包括するから意味が拡大してきた。
 対馬沖海戦でいうなら、日英同盟や、半ばロシア帝国での諜報活動でドッガーバンク事件を発生させたことも戦略である。あの海戦はドッガーバンク事件を起こして大英帝国の反露感情が膨れ上がった時点でそもそも戦略的に決着がついていた。トウゴウ・ターンはそれにとどめを刺しただけの話である。
 七年戦争でいうなら、フリードリヒ大王は開戦した段階で戦略的にあまりに不利であり、それを大王の優れた戦術、外交的幸運、それと大英帝国の植民地戦争などの要素でひっくり返した。ナポレオンはロシアに進攻したその戦略自体がもはや敗北であったし、それをいうなら大陸封鎖令が戦略的敗北であった。大東亜戦争などは最初から戦略的に負けていた。

 ただ、戦略という言葉は、ビジネス用語として定着したためカッコイイと思われているため、この言葉が濫発されて、「戦略的バトル」なる言葉が生まれたのだろう。
 スマホゲームの戦略とやらは、実のところ金と時間の管理のことを指す。いつイベントにどれだけ参加して、無料通貨をやりくりしつつガチャにどれだけ金をかけるか。それがスマホゲームの戦略である。だいたい、ストラテジーゲームなんてスマホゲームにあまり見かけないし。ちなみに軍事用語でいうなら、ガチャのためにどれだけ金を用意するかは兵站ともいえよう。


 戦略的勝利と戦術的勝利は必ずしも一致しない。
 戦術的に勝利しても戦略的に負けることはしばしばあるし、その逆も存在するかもしれない。

 戦術的勝利が戦略的勝利をもたらさない、大きな例証というか、故事としてあるのが「ピュロスの勝利」である。戦術的には勝利を収めたのに、割に合わず、最終的に負けてしまった、古代ローマとマグナ・グレキアの、傭兵として雇われたエピロス王ピュロスの戦争のことである。ピュロスは三度ローマに勝利したが、犠牲の大きさもあり、何も得られなかった。
 三十年戦争のリュッツェンの戦いなどは、スウェーデン軍が勝利したが、肝心の指揮官であった国王グスタフ・アドルフ2世が戦死したのである。


 戦術的にろくに勝てなかったのに最終的に勝利を収めた戦争としては、百年戦争がある。
 フランス軍は、クレシー、ポワティエ、アザンクールと、戦史上に残るといってもいい大惨敗を重ねている。しかし最終的に勝ったのはフランスである。
 フランス王国が最終的に逆転したきっかけになったのはオルレアン包囲戦であるから、あのジャンヌ・ダルクが大きなウェイトを占めていると思われかねないが、しかしフランス王国が大惨敗にもかかわらず持ちこたえたのは、外交と内政の結果である。
 シャルル5世も、シャルル7世も、フランス王国に勝利をもたらしたが、彼らは軍事的には有能ではなかった。陣頭に立って戦いもしなかった。銀河英雄伝説ではやたら陣頭に立つことが偉いという価値観で貫かれているが、フランスの国王達はあまり陣頭に立つ伝統はない。それでも様々な勝利をもたらしてきた。歴代フランス国王はむしろ戦争下手が多かったように思える。聖王ルイ9世などはやたら異教徒相手に戦争をしていたが、軍事的才能はさっぱりだった。
 ではフランスの国王達は何をしたのか。戦争をするための金を調達したのである。戦争は金である。兵士でも英雄たる王でもない。軍備を整えるための金である。絶対君主達は何度も破産しているが、ほとんどは軍事費のためである。
 特にシャルル5世などは「税金の発明者」として知られている。中世ヨーロッパでは間接税しか存在しなかったが、彼は竈税という形で人頭税、つまり直接税を徴収した。これは彼の父王が、ポワティエの戦いで捕虜となり、その身代金を調達するという名目ではじまったが、恒常化した。
 プロイセン王国が国力に似合わないまでの精強な軍備をなしえたのも税金のおかげである。ヴィルヘルム・フリードリヒ大選帝侯が他のすべての特権を貴族に明け渡してまで手に握った徴税権が軍事費の源となったのである。



 最後にコーエーのゲームを批判して終わりにする。

 コーエーの歴史シミュレーションゲームは、基本的に人物中心主義で、武将単位ですべてが進む。武将は大まかに分けて二つのパラメータを持っている。軍事と内政である。他にもあるが目立つのは軍事と内政である。
 しかしまあ実際のところ、コーエーの歴史シミュレーションゲームは軍事偏重主義である。軍事の高い武将がいればだいたい勝てるし、逆に軍事の高い武将がいなければ、どれだけ内政の高い武将がいても勝てない。

 コーエーのゲームの内政は単純極まりない。建物を建てるだけである。あるいは耕作地を広げるだけである。そして、内政というパラメータは、せいぜい、この建物を建てるスピードや効率をあげるだけなのである。それは高いほうがいいだろうし、非常に低い武将は内政の役に立たないが、しかし別に高くてもあんまり意味がない。羽柴秀長や石田三成のような武将も、利点は建物を建てる速度が上がるだけなのである。

 なんで上で百年戦争の話などしたかというと、実際の歴史では、軍事よりも内政のほうが重要だといいたいわけである。
 それは、内政を整えなければいかに信長の野望でも大軍を揃えるのは大変なのだが、それでも内政といっても建物を建てる速度がせいぜいなのである。

 逆に軍事は偏重されている。ひどい話、敵に軍事が90以上の武将がいたら、80以下の武将に大軍を率いさせてもさっぱり勝てない。昔は特にこの傾向がひどかった。軍事90あればどんな大軍でも敵の軍事が80以下であればどんどん敵の大軍が溶けていった。
 最近のゲームではこの傾向は緩和されつつもある。
 それに、実のところ洋ゲー、ヨーロッパユニバーサリスなどは、数ばかりで、軍事的に逆転する要素がほとんどない。洋ゲーは基本的にこの傾向は高く、多くの場合数を揃えれば倒せる。
 だからコーエーのゲームで、少数の軍隊でも勇将や作戦次第で逆転できること自体はよいことだとは思っている。
 しかし、それに比べて内政が建物を建てるだけというのはいかにも寂しい。

 逆にクルセイダーキングスなどは、軍事的に強くてもなんともならない。内政、というより配下の貴族たちへの外交をうまく切り抜けなければ内乱祭りになる。
 クルセイダーキングスは封建制度の雰囲気を比較的うまく再現しているとされている。だからそれを日本の封建制度にも当てはめて、戦国MODを作ろうという試みはあり、そしてパラドックスもSengokuというゲームをリリースしたが、残念ながら評価は芳しくなかった。
 日本だって、大名が苦心したのは配下の武将たちの取り扱いであった。信長の野望では論功行賞など存在しないに等しいが、元寇の後に論功行賞で鎌倉幕府が失敗したように、武士社会で論功行賞は最も苦心したところなのである。今の信長の野望では、たとえば丹羽長秀が上野一国より茄子茶入の方が欲しくて悔しがったなんてことを再現できない。

 コーエーのゲームは、そもそも、不評続きである。最近で評価が高いのは信長の野望創造だけである。それでも、あそこは殿様商売で、一万円近い定価で売りつけてくる。しかもその一万円も未完成品で、多くの場合パワーアップキットが出て初めてそのゲームが「完成」されると評されている。もはやパワーアップキット商法という言葉すら存在する。
 それでいて不評ばかりである。三国志シリーズなどいい話をまったく聞かない。信長の野望も創造までは酷評ばかりであった。コーエーのゲームは二度と買わないなんてレビューは幾らでもある。

 しかしそれでいてコーエーは強気でもある。BGMとか海外のオーケストラを起用している豪勢っぷりだし、武将の顔グラフィックなど実に豪華である。だから一万円近い価格を提示できるのだろう。
 それでも、こうも不評続きでよく保つものだと思える。

 一応コーエーも地位にあぐらをかいているだけのわけでもない。たとえば、最近の信長の野望などは明らかにパラドックスのゲームの影響が見える。さすがに建物建てて軍隊ぶつけるだけではだめだと思ってはいるらしい。

 だがコーエーにはもう一つ残念な点もある。それは、もはや信長の野望と三国志以外作る気がなくなったことである。大航海時代はソシャゲになってしまった。提督の決断も、アジアへの売り込み戦略のために亡き者にされた。
 昔は、項羽と劉邦とか、源平合戦とか、アメリカ独立戦争とか、意欲的なタイトルもあったのだが、そんな過去を知っている人間もいなくなったのだろう。

 まあ、最近は無双とかなんとかいうチャラいコンテンツで潤っているので、戦略シミュレーションなどどうでもいいのであろう。
 日本人は戦略シミュレーションだとかシミュレーションとかストラテジーとか、もう遊ばなくなってしまったらしい。ここまでこのジャンルだけ衰退した国もないだろうに。
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サンプウィード [歴史]

 「サンプウィード」とはなんだろうか。

 まあジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』を読んでいればわかるが、同書に登場する、北米で栽培されていたとされる食用植物のことである。ブタクサのようにアレルギーや臭いがひどいので栽培作物の座を失ったと同書にある。
 しかし日本人には馴染みがなくさっぱりわからない。

 なのでちょっとだけ調べてみた。

 サンプウィード(sumpweed)のWikipedia記事より

 iva annua, the annual marsh elder or sumpweed

 とある。イヴァ・アンヌアというのが正式な名称らしい。annuaとはスズメノカタビラのことであるそうだ。スズメノカタビラはイネ科の雑草で、それこそブタクサに近い。が、サンプウィードはキク科の植物である。キク類キク目キク科フナバシソウ属サンプウィードだそうだ。
 一年草でヒマワリの仲間。原産地はメキシコ北東部タマウリパス州。米国南部、中部、東部に生育。高さは150cmになるそうだ。セイタカアワダチソウに似たような位置づけらしい。
 4000年以上前に米国東部でインディアンたちが食用植物として栽培していたという。が、アレルゲンや不快な臭い、そして何よりトウモロコシに駆逐されたという理由で栽培放棄されたのだそうだ。


 アクセス解析で一定の検索があると思ってググってみたらうちのサイトがトップに来たので調べ直してみた。以上。
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悠久なる中華帝国 [歴史]

 カール・マルクスの史的唯物論に中華帝国の「停滞」はそぐわなかったらしく、彼はそれを「支那的停滞」などと称していた。
 いったい何故中華帝国はかくも悠久なのか。支那史という大きな謎である。

 中華帝国というのは有史以来同じことを繰り返してきた。もちろん実際の支那の社会は変遷を繰り返している。だが本質において中華帝国は永遠である。三皇五帝は司馬遷すら信じていなかったとしても、商(夏)の時代から毛沢東に至るまで中華帝国は永遠である。
 まあ中華帝国の本質はここではあまり語らないこととして。何故支那史が王朝の興亡ばかりを繰り返してきたのか。

 ジャレド・ダイアモンドによると、その理由は漢文明の等質性にあるという。つまり、支那大陸というのは、中原から燕、蜀、越、楚、斉に至るまで、同じ支那語を喋る漢民族である。当然地方の風土というもの、風習の違いなどあるだろうが、大きく変わるわけではない。
 それに比べると「文明先進地」欧州は実に多様である。ラテン文化はアルプスとシュヴァルツヴァルトに阻まれてゲルマンはゲルマンであり、そのゲルマン民族もバルト海を超えればまったく異なる様相を見せる。イベリア半島の片隅には印欧語族ですらないナバラなどという国まである。
 これは、ジャレド・ダイアモンドによると、欧州の複雑な地形と支那大陸のなだらかな地形の差異であるという。
 即ち、欧州は急峻なアルプスやピレネー、深いシュヴァルツヴァルト、地中海にバルカン半島と地理的に細々と切り刻まれている。それに対して支那大陸は峻険な山脈に乏しく、黄河や長江はむしろ交通の大動脈として文明の接着剤として重きをなした。
 つまり支那大陸では文明の衝突が起きなかった、ということなのらしい。
 もちろんこれに異論を思い浮かべることはできる。何せ中華帝国の王朝史は血みどろであり、匈奴や蒙古、女真といった異民族に蹂躙されている。だがそれでも中華帝国は中華帝国であり続けた。そして匈奴も蒙古も女真も対等たり得なかった。彼らが支配者になったといっても、それは中華帝国として支那大陸に君臨し続けたのだ。
 だから対等な文明との衝突が存在しなかった。それに比べて欧州は、異なる文明の国家が互いに対等な存在として衝突し続けた。そしてその衝突によって「進歩」がもたらされたのである。
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