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ファンタジー世界の映画 その1 [ファンタジー世界考察]

 私の好きな映画、「バリー・リンドン」と「薔薇の名前」のビデオ(DVD)を見たので簡単に一文を書きたい。


 私の一番好きな映画は「バリー・リンドン」である。しかしこの映画、ストーリーとしてそんなにすごいものがあるというわけでもなく、あらすじをそのまま書いてもそんなにとても面白い映画という感じでもない。しかし映像が素晴らしい。何が素晴らしいのかは見ていてもなんともわからないし説明できないのだけれど、とにかく映像を見ているだけで満足できる。スタンリー・キューブリックの才能という以外他に言いようがない。
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 この映画の最大の特徴ともいえるポイントは、徹底的な時代考証である。キューブリックの完璧主義が遺憾なく揮われている。有名なのがレンズである。キューブリックは、この映画で、夜の室内を当時のままに再現、つまり蝋燭の明かりだけで撮影しようとした。しかし当然普通に撮っても暗すぎる。そこでキューブリックはNASAからカール・ツァイスのレンズを借りてきたのである。
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 他にも、衣装やインテリアなど当時の風俗がこだわり抜いて再現されている。前半の見どころの一つが戦列歩兵である。戦列歩兵の再現としては映画「パトリオット」が有名で、特にパトリオットのカムデンの戦いはすごいものである。映画はつまらなかったが。バリー・リンドンでもミンデンの戦いなどが再現されているけれど、パトリオットのようにきっちりと整っていないのがまたリアルな感じがしてよい。黒色火薬のやたら硝煙の上がる感じとか、鋭くない炸裂音とかがまたよいのである。
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 中盤以降は貴族社会が舞台となるのだけれど、貴族たちは当時の風俗の通り、男でも女でも白粉を塗りつけぼくろをつけている。知らない人間が見れば滑稽にも映るのだろうが、当時の貴族たちにとっては普通のことである。白粉を塗ってつけぼくろを幾つもつけたシュヴァリエ・ド・バリバリーについて偉大で荘厳とナレーションでいわれてたしかに惑わなくもないが、しかしこれも当時の風俗である。といっても、シュヴァリエは名前からして胡散臭い賭博師ではあるのだけれど。
 当時の貴族や将校、上流階級の人々の大仰な感じも見ていて楽しい。レースで飾られた感じがまたよい。この頃の戦列歩兵による、啓蒙専制君主たちの胡散臭い戦争をレース戦争ともいうのだけれど、現代の泥臭い戦争とは全然違うのである。レース戦争というのは、将校たちが首周りにレースを巻いていたからである。
 どちらにしてもこの映画の魅力は映像そのものなので、ここでつまらない解説を付しても仕方がなく、魅力を知るには見るしかないのだけれど。


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 このブログは主に中世ヨーロッパ風ファンタジー世界について書き散らかすブログだけれど、中世ヨーロッパ風ファンタジー世界を語る上で必見ともいえる映画が「薔薇の名前」である。この映画は、中世ヨーロッパ後期、教皇庁がアヴィニョンにあった頃のモンテ・カシーノ修道院を舞台にしている。ベネディクト会とフランシスコ会が清貧について議論する裏で起こる殺人事件を描いたミステリーである。というかこの説明でわかる人間はすでに薔薇の名前を見ているような気がとてもするので、こんな文章を書いても仕方がない気もするが。主役はショーン・コネリーで、オッカムのウィリアムをモデルにした修道僧を演じている。ショーン・コネリーといえば007などの姿も思い出すけれど、いい男である。いやそれは措いておいて。
 中世ヨーロッパの修道院の最大の仕事は知識の保存であり、それは写本によって行われた。当然ながら印刷技術が存在しなかった当時、本は写本しなければならなかったのである。

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 この映画もまた時代考証にこだわっているが、なんといっても感じるのが物質主義の希薄さである。現代文明に生きる我々は人工物で満ちていて、これらの人工物によって自然から保護されているのだけれど、しかし中世ヨーロッパというのは物質に乏しい世界であった。僅かながら中世ヨーロッパの貧農、農奴の姿が出てくるけれど、なんとも貧しいのである。今の目で見るのなら、鶏小屋で人が生活しているレベルである。いやこれでもまだいい方で、中世前期など農奴や貧民などは竪穴式住居に住んでいた。これでは田園風景への憧れなど起こりようもない。
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 登場人物の多くが醜いのもまた特徴的である。貧農も修道士も、身なりが悪いのは、やたら醜い。そしてこれは特別誇張でもない。ヒエロニムス・ボスやらピーテル・ブリューゲルやらの絵を見るがよい。そこに描かれている農民たち、下層階級のものたちは実に醜い。歯は抜け落ち、口は半開きで醜く歪み、背は曲がって肌は薄汚い。
 そして物質主義の希薄な時代、人間を支配していたのが精神主義である。薔薇の名前の殺人事件は連続殺人事件なのだけれど、死体はヨハネ黙示録の内容を敷衍した形で見つかっていく。そこである修道士がそれに気づいてこれは黙示録どおりだ、と唱えるのだけれど、それを聞くや他の修道士たちも即座に信じ込んで、世界の終わりがもはや数日後に迫っているかのように恐れまた嘆くのである。物質や科学、理性の支配が人間の精神に及ばない時代、精神的なもの、たとえば黙示録や悪魔崇拝などが人間を支配し君臨するのである。現代の我々は教育機関で科学や理性について学び物質に支配されているから容易にそういったものを信じない。だが実際のところつい最近だってノストラダムスの大予言だのマヤ暦における世界の終焉だの世を騒がせており、地震雲などといった迷信やオカルト的陰謀論などにすがる人間は普通にいる。逆にいうと、古代や中世の人々にとって、我々の科学や理性の占める位置に予言や神霊が確立されていたということである。古代や中世の人間が予言や神霊を信じるのと、我々が天気予報を信じるのと、変わりはないのである。我々が化学や量子力学に依存した生活を送っているのと同様に、彼らはキリストや煉獄に依存して生活を送っていたのだ。異なるのは化学や量子力学がほぼ事実であるのに対して、黙示録や悪魔は幻想に過ぎないということである。そしてファンタジー世界とはその幻想が現実になる世界なのだから、ファンタジー世界にあって予言や悪魔を信じるのは現実的なのである。
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 この映画の「敵役」として悪人のように描かれているのがベルナール・ギである。彼は実在の高名な異端審問官である。ただ実際のベルナール・ギは、拷問などの手法を嫌ったという。別に残虐な人物でもなかったらしい。


 薔薇の名前で描かれた中世ヨーロッパならではの要素というのは、実に魅力的である。いかにも中世ヨーロッパという感じである。醜く薄汚い農民であるとか、気違いじみた異端であるとか、拷問を駆使する残虐な異端審問官であるとか。よしんばフレーバーに過ぎないとしても重要なフレーバーである。騎士とか妖精といった要素に並んで重要なフレーバーである。だから中世ヨーロッパ風ファンタジー世界であるのなら、いささかなりとこういった要素があると実に楽しくなる。
 しかしこういった要素は日本人に親しみがないのもあって、あまりフォーカスされることがない。

 まあ最近の異世界ものとやら、私が異世界ポルノと呼んでいるものは、どうやらファンタジーではなく日本人のコスプレ劇のようであるからこのようなものを求めても仕方がない。この漫画のコマは広告で流れてきたが、異世界ものとやらの住人が日本語を喋っている強力な証拠である。

 バリー・リンドンは、啓蒙時代のヨーロッパであるから中世ヨーロッパ風ファンタジー世界とはいささか異なるけれど、ただヨーロッパあるいはヨーロッパ上流階級ならではの空気を知るにはいいし、NASAから借りたレンズで映した夜の室内は蝋燭の灯りがどれだけ暗いか知るのにはいいかもしれない。
 バリー・リンドンに出てくるヨーロッパ上流階級に違和感を覚えたとしてもそれはまだ甘っちょろいものである。中世ヨーロッパの騎士たちはとにかく感涙に泣きむせぶ人々で、とにかく何かしらちょっとでも感動したら神に感謝して涙腺崩壊して泣きむせぶ人たちだったのだ。
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ファンタジー世界の血湧き肉躍る宗教 [ファンタジー世界考察]

 先月父親のxx回忌だったので寺というか墓で読経してもらった。寺というか墓は鎌倉にある。帰りに私は家族と別れて、雪ノ下にある宝戒寺に寄った。宝戒寺は臨済禅寺と日蓮宗が多い鎌倉では少数派の、密教系の寺である。禅寺というのは基本的に修行場であるから、建物自体はそれほど面白くもない。臨済宗はまだ庭が面白いが、曹洞宗などつまらない。それに比べると、密教系の寺は内陣拝観ができるのでなかなか面白い。
 宝戒寺の見どころは内陣だけではない。この寺には全長150cmもの立派な大聖歓喜天の像がある。もちろん秘仏ではあるのだが。

 歓喜天は私の好きな仏である。いや歓喜天は仏ではなく天部であり仏教の護法神である。仏教における神とは仏法を守護するものたちのことをいう。元はインドのヴィナーヤカ、漢字転写で毘那夜迦という障害を司る神あるいは王であった。別名はガネーシャ、あのインドの象頭の神である。歓喜天は、欲望を抑えきれない衆生に対して、まずその欲望を満たすことによって心を鎮め、仏法へと向かわせる。
 歓喜天、ヴィナーヤカには以下のような伝説が伝わる。昔ヴィナーヤカはインドの暴虐無比なる神で人をさらって食べていたとすら伝わる。そこで観世音菩薩、観音菩薩が美しい女の姿で現れた。ヴィナーヤカはこの美女を抱きたいと思ったが、美女、観音は、自分を抱きたいのであれば仏法に帰依せよといった。ヴィナーヤカが仏法への帰依を誓うと観音は自らの身体をヴィナーヤカに与えた。美女、観音を抱いたヴィナーヤカは歓喜を得た。そうしてヴィナーヤカは歓喜天となった。


 現代の宗教というのは、特に日本にあっては、大変つまらないものとされるようになってしまった。世俗的な日本人にとっては、宗教というのは、年始には神社に初詣に行き夏は仏教の盆踊りをして最近だと秋はガリアかブリテンの異教の祭りであるハロウィンをして冬はキリスト教のクリスマスでセックスをして、結婚すればキリスト教の神の前で愛を誓って死ねば仏教の坊主に経をあげてもらうという、生活のフレーバー程度のものとなってしまった。特に葬式といえば坊主に幾ら金を出すかとかそういうことしか頭になくて、仏教の宗派など何も考えない。新興宗教ブームのおかげで宗教などというのは胡散臭いしろものであって、金儲けしか頭にないとか、あるいはオウムのような異常者の集まりという観念すら先行する。
 宗教がつまらなくあるいは胡散臭くなってしまったのは別に現代日本に特有のことではない。カトリック教皇庁は、ボルジアの支配するはるか前の10世紀頃には怪しげなる淫婦が支配する時代があった。和朝でも道鏡という坊主が天皇の地位を簒奪しようとしたこともある。いや、これはただの堕落か。近代主義、モダニズムが発展し、すべてが資本主義化していく中では世俗的価値観が伸長する一方である。これは全世界的にそうである。ただやはり日本はひときわ世俗化、資本主義化が激しい。欧米ではまだ宗教や地域の社会が強固である。日本ではそういった社会の崩壊がひどい。この国では保守を自称する政治家すら資本主義に淫して、時には外資に媚びて社会を崩壊に追いやっている。

 社会や政治に対する批判はさて措き。特に現代日本では宗教が大変つまらないものになってしまった。だからファンタジー世界での宗教も大層魅力を失っている。新興宗教みたいなものもたまに登場するが、描かれ方も現代日本的な新興宗教のようなものが多い。既存の宗教もどちらかというと否定の対象となることも珍しくない。登場人物の口からも宗教や信仰を否定するような言葉が出てくることも多いし、無神論者すら登場しかねない。前から書いているがファンタジー世界というのは神の実在が前提となっているのに。
 いや、宗教が堕落していたこと自体は中世の時代にあっても同様であるから、宗教、というより宗教家、教会とか神殿とか高位聖職者やその組織に批判的になるのは問題がない。むしろこういった腐敗や堕落はその世界やシナリオに深みをもたらす。人間はすべて善良らしいどこかのソードワールド2.0などよりよほどいい。
 ただ日本のファンタジー世界における宗教に対しての冷淡さは、明らかに現代日本人の宗教観を反映したものでしかないように思える。それは逆の面、ファンタジー世界における宗教的熱狂についての描写もそうなのではなかろうか? こういった世界では宗教的熱狂すら否定的にすら描かれていないようにも思えるのだ。こういった描写の裏には、たとえば現実の宗教的狂熱、特に十字軍などへの現代的な批判的視点の影響が見られる。あるいは、宗教的熱狂というとオウム真理教のテロのようなものと想像が結び付けられがちである。そのため、否定的なものとされがちである。無論十字軍というものは肯定的に捉えられるものではないが、そのような視点をファンタジー世界に持ち込むのには注意が必要である。現代のファンタジー世界の物語では倫理的要請からか登場人物に懐疑的視点が強要されているかのようでもある。かといって十字軍のような歴史的蛮行をそのままファンタジー世界で再現しても仕方がないともいえる。虐殺する側に回ったところでそんなものを楽しんでもどうしようもない。まあ一般的なファンタジー世界において「モンスターを虐殺すること」はなんの問題もなかったりするのだが。そのような視点では「蛮族」サラセン人を虐殺しても問題がないのかもしれない。
 このバランスが大変難しいのは承知していて、私がここに書いたことをなんというか自分でもそれほど信じていない。自分がシナリオを考えたりゲームマスターをしたりするのでも、うまくすることなどできると思っていない。ただ私の感覚でいうのなら、どちらかというと中世的な宗教的熱狂に対するあまりに冷淡な見方をしたくはないのだ。中世ヨーロッパには魅惑的な要素がたくさんあるけれど、それらは別に人倫の道にそっていたわけではない。かといってファンタジー世界でなら虐殺でもなんでも肯定するという気にもならない。


 さて。歓喜天、ヴィナーヤカの話を持ち出したのは、歓喜天の上述の説話に、古代宗教的な、いや古代世界の、血湧き肉躍る感覚を覚えるからである。ファンタジー世界では古代ギリシアや古代北欧のパンテオン的な宗教、多神教が信じられていることが多いけれど、この歓喜天の説話はそういった古代パンテオンの神々の、俗人臭のする振る舞いにも似たものを感じる。彼らへの信仰はどこか即物的だったりもするのである。そういった古代宗教の血湧き肉躍る感覚を示してみたかった。
 実のところ私が歓喜天を特に崇拝したりするのは、私も歓喜天と同じく欲望を満たすことで、仏法とはいわぬけれど人の道を歩みたいとかそういう思いを抱いているからなのである。そして私の欲望とかいうのも、歓喜天と同じように、愛、女性の愛がその対象であるはずなのである。だから歓喜天という存在に惹かれるわけである。
 ただ歓喜天というのは苛烈で厳しい神でもある。ちゃんと祀らない信者には見向きもしないどころか罰すら加える。京の商人が恐れているのは、税務署と聖天さん(大聖歓喜天)などともいう。だからこんな文章を書き散らかしたりしたら歓喜天に怒られるかもしれない。まあそもそも私は歓喜天の真言を唱えるわけでもないし手をあわせて線香を焚くくらいしかできないのだけれど。
 ちなみに歓喜天は午前中にお参りした人のことを聞いて午後はその願いをかなえるために不在になるという。思えば私は鎌倉の宝戒寺に何度もいったけれど、鎌倉を巡る都合上午後にばかりお参りしているので、だから願いがかなわないのかもしれない。
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ファンタジー世界の占い [ファンタジー世界考察]

 昔の私は占いが大好きだった。ただ大好きといっても特別信じてはいなかったらしい。占いを信じて行動を左右されるとか判断を左右されるとかいうことは、少なくとも自覚的にはない。まあ、無意識のうちに行動を左右されたり判断を左右されたりしたのかもしれないが。なんというか、占いでこういうことだったからこうしないといけないとか、思ったことはない。少なくとも表層的には。
 私がこう占いが好きで、信じたいような気分になっていたのは、そこそこ占いがあたっているような気がしていたからとも思える。特に最初に知ったのが西洋占星術であったけれど、それが特にあたっているような気分になった。西洋占星術と四柱推命では、私の属性はそれぞれ水と火で間逆なのだけれど、何故か両方とも納得しているらしかった。占いというものは、恐らく、何をいわれても自分に合致していそうな部分だけが認識されて、いわれた半分でも肯定的に捉えてしまったら、「この占いは信じられる」とラベリングされて、結局全面的に信頼してしまうのだろう。人間というのはある意見を聞いたら、肯定と否定の単純な二択しかできないものらしい。
 ただ私は占いといっても、本で聞きかじっただけで占い師に見てもらったことは、割と最近になってから数回あった程度である。だいたい占いというのは、プロの占い師に見てもらったらそこそこのお値段がする。ちゃんとした占い師なら一時間のカウンセリングで一万円前後はする。横浜の中華街などだと、最近は安い値段でコンビニエントに見てくれるのだが、質についてどれくらい信頼できるのかは知らない。占い師というのはカウンセリングだからまあ彼らも口は回るのだけれど。平日だと両手の手相を500円で見てくれるのだけれど、話が進んでいくともっと細かく知りたかったらと追加料金で算命学をやってくれる。算命学は2000円である。2000円でも十分安いのだけれど。
 どちらにしても占いの本来の姿、本質というのは、占い師による人生相談であり、カウンセリングであり、占い自体はついでといえばついでである。女性は占いが好きで、金を払って占いをするけれど、本来彼女らが求めているのは人生相談、もっといえば占い師に、というより他の誰かに愚痴をこぼすことである。それでなんか鬱憤も晴れて誰かに承認してもらった気分になれる。
 占い師が介在していなくても、占いの本を読むとちょっと楽しくなるらしい。読んでいると自分のことを言い当てられているような気分になって、やはり承認欲求が満たされる。もちろん全然あっていないと思う人もいるだろうが、たまたま占いがあってしまったと一度思ってしまった人にとっては、それで占いがなんかちょとは間違いもあるけれど結構色々あっているしなんか自分のことをわかってくれているんだ、とか錯覚してしまうわけだ。この自分のことをわかってほしいというのは、どうやら特に若い人間にとってはとても誰かに求めるもののようで、占いなどというものはそれにうってつけなわけである。また、あなたはこんな人間です、というのをいわれると、それがなんだか理想的に思えてしまうのであろう。


 ところで以前から占いについては、宗教について触れるついでに述べたことがある。
 つまりファンタジー世界というのは、神や奇蹟や魔法や錬金術が実在する世界である。だから占いも実在するのである。占いというのは魔法の一分野であり、予言や黙示の親戚であり、奇蹟の一つなのである。占星術は四大精霊と密接につながっているし、タロットはカバラの影響が色濃い。カバラ数秘術などはユダヤ隠秘学そのものである。魔法の伝統にカバラの占める要素は大きい。ゴーレムもユダヤ隠秘学から生まれた。
 なので、こういったファンタジー世界では、魔法はもちろん、神や宗教や隠秘学、そして占いを信じず冷笑するような態度は、たいそうおかしなものとなる。現代的物質文明にあてはめるのなら、飛行機が飛ぶ理屈が信じられないから飛行機に乗らないとか、あるいは電子機器から有害な電磁波が出ているからアルミホイルを巻くみたいな話である。ファンタジー世界で神や宗教や占いを信じないというのは、飛行機が怖くて乗れなかったり、電子レンジやテレビの電磁波が怖くてアルミホイルを巻くのと変わらない。
 現代日本人は往々にして宗教や占いに冷笑的な傾向が見られ、冷笑的な態度がかっこいいなどと思っているらしいので、魔法や神が実在するはずのファンタジー世界でもよく宗教や占いにシニカルなキャラが登場するが、ファンタジー世界の中ではアルミホイルを巻く新興宗教と同じである。
 だからといって占いがなんでも百パーセントあたる世界というのも、それはそれで面白くない。


 占いは大きく分けて三つに分けられるらしい。

 一つは、占星術や、カバラ数秘術、東洋の算命学、四柱推命のような、誕生日などから計算して、人格的傾向や人生のイベントを判断するものである。占星術や算命学、四柱推命などはそこそこ計算が面倒ではあるが、今ではネット上でも計算してくれるサイトがたくさんあるし、誰でも結果を計算できる。昔は、たとえば占星術だと、占星学者しか天体の計算など複雑でできなかったが、今ではサイトに生年月日と生誕時間を入力すれば誰でもホロスコープを書くことができる。しかし、解釈はまた別である。太陽は天蠍宮で月は獅子宮でアセンダントは処女宮で、とかホロスコープを見ればわかるし、個別の天蠍宮に太陽があるとこういう性格で獅子宮に月があるからこういう性格とかいうのは色々と説明されているけれど、しかしそれらを総合したらどういう意味なのかはそれなりに訓練しないと解釈が難しいかもしれない。ただ解釈が難しいだけで、誰でも占えるのは変わりない。
 あとは、手相や人相占いというのがある。手相も人相も長い時間の間に変化していくわけだけれど、そういった身体的特徴に性格や運命を見出そうというものである。占星術などと違って、これらは固定的ではない。手相も、生まれながらに大まかな相は決まるわけだけれど、よく見ているとちょっとずつ変化していく。私などは、中学校くらいまでは両手のマスカケ線がくっきりしていたが、その後見ていると片方だけマスカケ線が崩れたり、また戻ったりとしている。
 それから、タロットに代表されるタイプの占いがある。タロットというのは要するにランダムなカードによって占うのであり、言ってしまえばただの乱数でしかない。しかし占いの実在を信じる視点でいうのならば、これは術者の「霊感」によって運命に導かれたような具合でカードが選ばれるわけである。つまり重要なのは占い師の霊的素質になるわけである。だから同じタロットでもあたる人はよくあたるし、あたらない人はあたらない、ということになっている。上記二つの占いはやろうと思えば誰でもできるけれど、タロットはスピリチュアルな適性が必要となる、ことになっている。また、やはり重要なのは解釈で、タロットもカードを切ってめくるのは誰でもできるし、個々のカードの意味も誰でもわかるけれど、それらを総合してもっともらしい説明をうまいことするのは占い師の能力である。

 つまりこれらの占いにおいて、特に面倒な計算などをコンピューターが肩代わりしてくれる現代では、結果だけなら誰でも出せる。ただ、それらの内容を読み解く、解釈するのは、占い師のカウンセラーとしての腕の見せ所である。彼らはこういった結果をネタにして話を膨らませてカウンセリングを行うのである。

 とはいえ、計算方法の限られた前近代においては、天体などの面倒な計算そのものが「魔術的」なものであった。占星術師が特別な地位を持っていたのは、天体の計算が難しかったからである。当たり前ながら、彼らは同時に天文学者であり、天文学は占星術から発展した。占星術師が魔術的だったのは、ミステリアスだったのは、なにより他の人が見て理解できなかったからである。たとえば月食のような「恐るべき」出来事を正確に予想できるというのは、天文学など知らぬ占星術師以外の人間にとっては、奇蹟的な魔術に見えたわけである。
 だから実際のところ、占いの魔術性というのは、現代のタロットのようなスピリチュアルな要素に依拠しているわけではない。占星術=天文学の、ひたすら計算の難しいことがその魔術性の根拠であった。だからコンピューターの発達した今では、そんな魔術性は失われてしまって、解釈というカウンセリングや、タロットのスピリチュアリティに占い師はその独自性を見出すことになる。


 簡単に個々の占いについて簡単に言及してみる。

 占星術は天体の運行から性格や運命を計算するものである。天体、特に太陽と惑星の配列が、地上の人間の性格や運命に作用すると信じられていた。いや、今でもこの信仰は根深く、欧米では占星術を根拠に他人の性格を決めつけるゾディアックハラスメントというのがあるし、ミャンマーの軍事政権は占星術に従って首都を遷都した。占星術はその期限をバビロニアにもっており、現代の十二星座なども原形は古代バビロニアで作られた。それがオリエントから東西に伝わり、西洋占星術あるいは東洋占星術となった。欧州の占星術は魔術や錬金術と密接な関係にある。たとえば十二星座は、四大精霊などの体系に従って綺麗に説明できる。錬金術との関係でいうと、天の星々はその影響を鉱物にももたらし、長い時をかけて作用するというのもある。
 カバラ数秘術は、数字やアルファベットに基づいた占術で、比較的計算しやすい。誕生数などは簡単に計算できる。私の誕生数は22で、これは偉大な特別な数字なので、私は偉大な人間になるはずだったらしいが、残念ながらそうはならなかった。簡便的な数秘術では誕生数11と22がしばしば省略されるが、この二つの数は偉大な数字なのでよくないことである。
 四柱推命、算命学もやはり、暦に基づいて運命を算出する占術である。日本では十二支や十干が今でも認知されているけれど、これらと関係するのが四柱推命や算命学である。四柱推命の四柱とは、誕生した年、月、日、時刻を意味する。だから誕生時間がわからないと占えない。誕生時間がわからないと占えないのは占星術も同じであるが。
 手相は、掌に現れる模様、特に線から、性格や運命を導き出そうとする。日本では東洋のものが有名だけれど、西洋にも手相はある。手相は上述の通り変化するものだけれど、人為的に変化させても意味があるとされる。そのため、韓国だったか台湾だったか、手相の整形手術というものまで存在する。
 タロットは欧州の、幻想的なカードによって占う。これらのカードはキリスト教的であり、またカバラの伝統とも深く結びつく。ただタロット自体は元来カード遊びをするためのカードであったらしい。


 ファンタジー世界における占いとは、現実の占いとは違って、そこそこ現実的なことである。根拠のないたわごとなどではない。現代社会なら科学的根拠などないと冷笑できるが、ファンタジー世界で科学的根拠を振りかざしても無意味である。魔法が実在する世界なのだから。かといって、科学におけるラプラスの悪魔のように、この世のすべてが既に決まっているなどというのは面白くもなんともないわけである。だからTRPGであれば、PCたちは積極的に占いに頼るものと思えるし、またGMは注意して占いの結果を告げることになる。星を読むことでシナリオの比較的正確なヒントを与えるというのは基本的なものと思える。タロットのようなタイプの占いをしたらダイスを振らせてそれに従ってシナリオを変化させるのも面白そうではある。
 また、占星術の、天空の星々が地上の人間などに影響を与えるというのはゲーム的にわかりやすく、CRPGでは星座によって能力値などが影響するというのはよく見られるし、これはそれなりに妥当と思える。
 なんであれば、星々の運行、占星術がすべてを支配するファンタジー世界だって、作れるだろう。個人的には占星術が一番中世ヨーロッパ風ファンタジー世界に馴染むように思っている。あるいは、天空の星々から実際に魔術的な力が地上に降り注ぐ世界などは成立しやすそうに思える。
 四大精霊、四大元素など、占星術はファンタジー世界と相性がいい。たとえば属性とかいうのはやたらRPG、特にCRPGに見られるけれど、上述の通り西洋占星術でいえば私は水属性なのである。四柱推命だと火属性なのだけれど。また、西洋占星術だと太陽は水属性だけれど、月は火属性であり、相性が悪いため私の性格は内部で反対方向に分裂しているとか、そういう解釈ができるのである。まあ、私が水属性の人間だから火属性の人間に攻撃したら弱点属性だから攻撃力が増えるみたいなのは、あまりに即物的で安直である。CRPGとの相性はいいだろうけれど。この辺の解釈だの処理だのの煩雑さがTRPGに合わない理由なのかもしれないが。
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ファンタジー世界の銃とロボット [ファンタジー世界考察]

 ファンタジー世界というのは、我々が自由な想像のために創る世界である。現実の世界では実現できないようなことを自由自在に実現するためにファンタジー世界を創るわけである。それが中世的な魔法の世界であれ、あるいは未来的な宇宙時代の世界であれ。
 しかし現実の、少なくとも民主主義的な自由がリバタリアニズムな自由とは異なるのと似て、ファンタジー世界の自由も、なんでもやりたい放題というわけにも往々にしていかない。一つは、世界内の制約である。つまりこのブログでよく槍玉に挙げることだが、そのファンタジー世界として矛盾していて成り立たなくなると、リアリティを失ってその世界の魅力は減じるわけである。あともう一つ、共有される世界にあっては、共有する他者の理解を求められる。たとえばソードワールド2.0の世界は、日本で比較的広く共有されているが、私には共有されていないため、私にとっては無価値である。ダーガーの非現実の王国は本来なら誰の理解も必要としない世界であったが、現代ではそれなりの人間に共有されている。

 なので、ファンタジー世界、それも中世ヨーロッパ的な世界に、銃火器やロボットが登場しても、基本的には問題がない。私は銃火器やロボットの出てくるファンタジー世界でも容認することはある。ただ、その世界の中で辻褄が合うか、リアリティをもったものになるか、それが他者にも共有されるか、それが問題になる。


 世界史における銃火器の登場の意義とは、兵士の訓練を容易ならしめた点にある。威力や射程は副次的なものである。銃火器の登場が重装甲の騎士を駆逐したかのような説明がされるようなことも多いが、実際にはそれ以前に、ロングボウ兵や密集隊形のパイク歩兵が「騎士キラー」として登場していた。特にロングボウは、長射程である上に強力な装甲貫通力を備えていた。命中精度が低く有効射程の短いマスケットなどよりよほど強力であった。スロイスの海戦について書いた研究者は、ワーテルローの戦いにあってもロングボウ兵はなお有効であっただろうと述べている。
 では何故ロングボウ兵はマスケット兵にその地位を追われたのかといえば、ロングボウ兵は育成に極めて手間がかかったからである。弓を軍事的に使い物になるほど訓練するのにはかなりの時間がかかる。それに比べれば、マスケットは構えて引き金を引くだけである。もちろんそれに加えて整列して装填したりするけれど、弓を引いて狙い通りに撃つのに比べたら遥かに楽である。
 ロングボウ兵はイングランドの専売特許になっているところがあるが、これはイングランドの土地保有とも関係がある。つまり領主である騎士でもなく、農業に専従しなければならない貧農でもない、ある程度土地を所有する自由農民、つまり紳士、郷紳、ジェントリたちの存在である。彼らは領主である騎士ではなかったが、軍事訓練に時間を割くことも可能であり、弓兵として訓練を積むことができた。
 ロングボウ兵は手間を掛けて養成しなければならない。ロングボウ兵は百年戦争で活躍したわけであるが、フランス軍は捕虜にしたイングランドのロングボウ兵を、二度とロングボウを使えなくするため、人差し指と中指を切り落とした。中世ヨーロッパの戦争では敵兵を殺すことではなく、敵兵を捕虜にして身代金を相手から得るのが戦争の基本であり、また貴族たちのビジネスであった。しかしロングボウ兵の捕虜を身代金と引き換えに解放するとまた彼らはロングボウ兵として敵の軍列に加わるだろう。だから、身代金は欲しいけれどロングボウ兵として使い物にならなくさせるためにイングランドのロングボウ兵の指を切り落とした。ロングボウ兵というのは養成に時間がかかるからなかなか補充もできないわけである。それで戦場から帰還したイングランド兵たちは、指を切り落とされなかったという意味で、右手の人差し指と中指を誇示した。これがピースサインの起源といわれている。
 クロスボウも、構えて引き金を引くだけであるし、板金鎧を容易に貫通する威力を持っていたが、装填するのに手間や時間がかかるからなのか、マスケットの対抗馬とならなかった。
 パイク歩兵はマスケットが普及したあとも、17世紀末葉に銃剣が発明されるまで騎兵への有効な防禦として活躍していた。だからそもそも銃火器、マスケットが登場しなくても、騎士のような重騎兵は消滅していた可能性はある。騎士を基本とした中世ヨーロッパの戦術というのは、キリスト教的な騎士道精神に支えられていた面もあり、どちらかというと歴史の中でも特異なものであり、元々その存在は不安定であった。パイク歩兵の特性を考えるのなら、古代ギリシアのファランクスだって十分中世の騎士に対抗できただろうし、古代ローマの軍団兵だって中世の騎士に相対したら長槍で武装して騎士たちを打ち負かすだろう。
 とはいえ、パイクというのは基本的に防禦的な兵器であり、衝撃力は低く、騎士を近寄せはしなかったが騎士を積極的に攻撃できるものではない。銃砲はその点、ずっと攻撃的であった。敵をより積極的に攻撃できた。そしてなにより、兵士の育成に手間がかからなかった。

 つまり、銃火器をファンタジー世界で登場させる上でポイントになるのは、取り扱いの容易さと普及のしやすさである。威力についてはどうでもいい。
 いや、どうでもいいというのは誤解を招く言い方かもしれない。ここでいう銃火器は黒色火薬の前装式滑空砲マスケットのことを想定している。無煙火薬の後装式施条砲ではオーパーツになってしまう。なのでここでは銃火器というのは、あくまでも黒色火薬の前装式滑空砲マスケットだと想定しておく。
 なので、逆にいうと、実は、取り扱いの容易さや普及のしやすさを調整できるのなら、銃火器がファンタジー世界に登場してもあまり問題はない。たとえば、火薬は一部のドワーフにしか製法が伝わっておらずそれも門外不出で少数しか流通していないとか、火薬ではなく魔力が作用するとして魔術的素養が必要であるとか、火薬というのは火の精霊のエンチャントアイテムであり古代遺跡からしか得られないとか、銃火器そのものがエンチャントアイテムであるなどしてやはり古代遺跡からしか得られないとか。マジックアイテムであるのなら、ほとんど流通することもないし、魔術的素養が必要なら、取り扱いは限られた人間だけになる。このような場合は、前装式滑空砲マスケットなどとケチなことをいわず、アサルトライフルみたいなのや未来的な光線銃みたいなのを想定してもいいわけだ。むしろ魔力を放つ銃砲として光線銃のようなものも想定しやすい。光の矢みたいな攻撃魔法を放てるマジックアイテムということになる。むろん、プレイヤーに与えるのなら、魔力が尽きたら使えなくなるなど、回数制限なども考えなければならない。

 もし銃火器を、現実的なものとしてファンタジー世界に登場させるなら、黒色火薬の前装式滑空砲マスケットになるのが自然である。別にルネサンス風ファンタジー世界や啓蒙主義時代風ファンタジー世界があってもおかしくはない。ただ、個人的には、シャルル・モーリス・ド・タレーラン=ペリゴールが述懐したように、1789年以降の世界をファンタジー世界にしたところでなんら甘美なものとは思えないのだ。どうやらファンタジーというものにはアンシャン・レジームへの憧憬を含んでいるらしい。

 銃火器ではない火砲、いわゆる大砲についてもちょっと書いておく。
 大砲の出現によって、中世の石の城壁は容易に砕かれ、攻城戦の様相は一変した、というのは事実である。しかし様相が一変しただけで攻城戦はなくならなかった。中世の城は無価値になってなくなったが、それに替わって近世的な城塞、要塞が出現した。城塞は依然として重要な軍事拠点であり、戦略上の目標であり、攻城戦が行われた。軍事拠点としての城塞は重要であり続けた。騎士の政治的拠点としての城は地位を失ったが、それは軍事的な意味ではない。軍事拠点としての城塞が存在意義を失ったのは実に第二次世界大戦になってからである。
 以上は攻城兵器としての大砲のことである。野戦兵器としての大砲、つまり野砲はまた異なる。イタリア戦争の折に野戦砲が有効な兵器として使われはじめ、グスタフ2世アドルフなどの軍略家によって改良を重ねられていった。
 ただ野砲は歩兵の携行兵器とは異なるし、そもそも銃火器の発達と技術的に密接な関係があるし、独立して述べられるわけでもない。


 ロボットについて書いてみるが、正確にはロボットではなく、人型歩行兵器とかパワードスーツとかいわれる、パイロットが搭乗して操作する兵器である。愛好者にはリアルロボットなどともいわれているが、しかしそもそもロボットの定義を満たしていない。だから製作者も愛好者もわかっていて、個々の作品ではロボットとは呼ばれていない。モビルスーツとか、レイバーとか、モーターヘッドとか呼ばれている。
 いや、ロボットの定義に当てはまる方のロボットもファンタジー世界には登場している。魔法で動く自律人形とかいうものは定義的にはロボットにも似ているし、ゴーレムというのも自律行動するのだからロボットに似ている。実際、ロボットという言葉を生み出したのは、ユダヤ教隠秘学、カバラの本場、まさにゴーレムが生み出されたユダヤ人ゲットーのあったプラハ、チェコの作家カレル・チャペックあるいはその兄ヨゼフである。つまりゴーレムこそがロボットの源流であり、ロボットとは元々がファンタジーの魔術的空想の産物なのである。だから実はファンタジー世界にロボットが登場しても筋としてはおかしくないのである。
 ファンタジー世界には自律型の機械人形としても、つまり現代的な発想のロボットもたまに出てくる。ファイナルファンタジーでは第一作から出てくるし、ドラゴンクエスト2でも出てくる。ただ、どちらも脇役としてちょっと出てくるだけなのだが。ファイナルファンタジーでは古代のロストテクノロジーという扱いである。幾らかのファンタジー世界には、現代的工業文明崩壊後の世界という設定が見られ、その崩壊した工業文明の遺物としてロボットが登場するわけである。風の谷のナウシカもやはり工業文明崩壊後の世界であり、登場する巨神兵は生体的ロボットとでもいうべき存在だし、ヒドラも人造人間である。

 機械的な人型ロボットは鉄腕アトム爾来の日本的サブカルチャーの夢だといわれており、欧米の中世風ファンタジー世界にはそういうものは登場しないともいわれ、そういったロボットはJRPGの特徴ともされている。ただ実際にはロボットそのものが中世的なゴーレムを源流にしているわけである。また、Skyrimなどには、古代ドワーフの遺産としてオートマトンという半機械的なロボットが登場する。
 しかし人型ロボット、あるいは搭乗するタイプのロボットつまり人型歩行兵器への偏愛というのはやはり日本のサブカルチャーに特徴的であろう。私はこのロボット文化をかなり共有していないのでこれが理解できない。
 特に搭乗するタイプの人型歩行兵器への執着は謎にも思える。鉄人28号やガンダムによって確立されたものであろうが、私はその源流について詳らかではない。
 理解できない最大の理由とも思えるのが、搭乗型人型歩行兵器に合理性がないからというものである。これらのいわゆるリアルロボットの大きな権威的存在がガンダムだとは思う。ガンダムというのはロボット玩具の販促アニメであった。まずロボット玩具があって、その宣伝用にアニメを作ったのである。ところが作った本人たちが本気を出してしまったので、もっともらしい名作みたいになってしまった。まあガンダムの地上波アニメは途中で打ち切りになってしまったし、その後玩具メーカーも倒産してしまったが。関係ないが、その作った本人である富野由悠季は、年齢は全然離れているが、私と同じ誕生日である。私の誕生日は何一つ面白くなく、同じ誕生日の有名人は富野由悠季しかいないし、歴史的にも私の誕生日に特別な事件も起きていない。富野由悠季とはカバラ数秘術で誕生数も同じである。これをバラすと数学的に私の生年月日が算出できるのだが。このカバラ数秘術の誕生数は特殊な数字であり、それによると私は偉大な人間であるはずなのだが、遺憾ながらまったくそうならなかった。
 話が逸れたが。搭乗型人型歩行兵器にはまったく合理性がない。ガンダムでは、既存のMBTや宇宙戦艦を陳腐化させたジオンの画期的兵器と説明されているが、別にこれは合理的でもない。それらしく描写されているからもっともらしく思えるだけにすぎない。人型歩行兵器というのは兵器としてあまりに繊細すぎる。防禦力もないし、無駄に複雑で整備性も低い。だいたい、二足歩行も、手や指を再現したマニピュレーターも、まったく必要性がない。パトレイバーの企画を持ち込まれた押井守は、それをわかっていたから、二足歩行レイバーへの扱いがものすごい悪い。主人公向けに設定されたから仕方なく使ってやっているみたいな具合である。最新のパトレイバーでは、日本は人型二足歩行に執着したため他の国より技術的に遅れをとったなどとされている。現実の日本のロボットも若干その傾向が見られる気もするのだが。
 というわけで、実際のところ、人型二足歩行みたいなのに価値を置くためには、ただ純粋に人間のファンタジーに依拠しなければならないのである。つまりこの伝統的価値観を共有できなければ、ロボット、人型二足歩行機械にはなんの価値もないのである。

 私は、上述の通りこのロボット幻想をあまり共有していない。ただ、中にはそれなりに好んだロボット作品も多少ある。劇場版パトレイバーもその一つだけれど、押井守の態度からしてロボットアニメではなかろう。劇場版パトレイバー2など最後にちょっと活動しただけである。
 で、一応それなりに好んだロボット作品としては、ファイブスター物語と、あとはガサラキである。あとはガンダムの一部、ポケットの中の戦争も好きではある。ただ、ガサラキはウヨク風味の政治劇が主役であるし、ポケットの中の戦争はあまりにも悲劇が印象的でそちらに気が惹かれる。

 ファイブスター物語は、遠未来SFであり、モーターヘッドと呼ばれるロボットをはじめ、ドラゴンだとか騎士だとか美しい人造人間ファティマだとか魔法だとか帝国だとか王国だとか共和国だとか宇宙戦艦だとかまあ色々なファクターが詰め込まれている。なにせ主人公が神そのものだったりもする。なのでSFというよりもどちらかというとファンタジーに近い印象なのである。ファイブスター物語はこのような要素のごった煮であるのだけれど、作者の力量のお蔭でそれらがやたらスタイリッシュにまとめられていて、私も惹きつけられてしまったらしい。

 なので私は、実のところファンタジー世界にロボットだの銃火器だの航空機だの出てくることにそこまで否定的なわけでもない。
 ただ、直接強くそういった影響を与えたのが風の谷のナウシカとファイブスター物語なので、何を見てもそれと比べてしまうので、結局そういったロボットや銃火器の登場する最近のファンタジーを見ても色褪せて見えてしまう。

 余談だが、私のような人間がファンタジー世界にアンシャン・レジームへの憧憬を見出してしまうのは、現代的民主主義あるいは合理主義に疲れているということなのであろうか。
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ファンタジー世界の馬 [ファンタジー世界考察]

 馬は北米大陸で生物学的な進化を遂げた。氷河期の際にベーリング地峡、今のベーリング海峡を通ってユーラシア大陸並びにアフリカ大陸に進出した。人類にとって馬は格好の狩りの標的であり、肉は食用にされた。そのため他の多くの大型哺乳類のように、原産地の北米大陸でもユーラシア大陸でも野生種は絶滅している。
 生き残った僅かな馬が家畜されたのが、黒海北岸のキプチャク草原の北東辺りであった。この時、馬具の銜(轡)が発明された。馬の家畜化の目的は使役であり、食用ではなかった。つまり騎乗が発明されたわけである。それ以前も騎乗は試みられていたが、馬の頭部や頚部に縄をかけて操作を試みるのがせいぜいであり、極めて難易度が高かった。銜の発明によって人は馬を手綱で操れるようになった。それでもまだ鞍も鐙も発明されていなかったから、騎乗の難易度は高いものであった。

 そこで人類が作り出したのが馬車であり戦車であった。騎乗も戦車もキプチャク草原の北東部で発明された。やがて戦車はオリエントの都市国家や帝国で大規模に運用されるようになった。馬車として輜重としても利用されたし、戦車として戦闘にも利用された。この戦車、チャリオットはやがて支那大陸にも伝播し、春秋戦国時代には戦車が活躍した。古代ローマが地中海世界に覇を唱える頃までに、オリエントから戦車は姿を消した。ただブリテン島では戦車が用いられており、カエサルが記録を残している。中華文明においては三国時代くらいまでは使われていたようであり、戦車の運用について定めた軍制が記録に残っている。
 戦車は小型の馬車であり、一頭あるいは数頭の馬に牽引されていた。原始的な馬車であり、方向転換の難しい小回りの利かないものであった。振動もひどいものであったし、横転しやすいものであった。そのため拓けた場所、平原や砂漠などでの大規模な戦闘にはまだよかったが、地形的制約が多く、また戦術の柔軟性も低いものであった。戦車には複数名が搭乗し、一人は馬を操る御者であり、あとは戦闘員であった。オリエントの場合、弓や投槍の射手が一人以上乗っていた。それに加え長柄武器で装備した兵士が搭乗することも多い。支那では戈と呼ばれる戦車専用の長柄武器も生まれた。こういった戦闘員は貴族の子弟などが務めた。馬車は馬に加え複数名の人員などとにかくコストの高い兵器であった。発展した戦車には小型のバリスタやオナガーを搭載したものもあった。
 しかし戦車はコストが高い割に制約の多い武器であり、機動兵科として騎兵の発達にともない、姿を消していった。ローマ帝国では馬車競技(サーカス)として大衆を熱狂させたが、兵器としての地位は失った。馬車競技はコンスタンティノポリスでも行われていた。現代でも競馬の繋駕速歩競走として生き残っている。

 大型の馬車は輜重としてその後も第二次世界大戦まで活躍した。第二次世界大戦は機械化された戦争だと思われているが、機甲部隊を完全に機械化できたのは工業生産力の高いアメリカ軍だけであった。機甲部隊の本場たるドイツ軍にしても機械化は果たせず、輜重として馬車を用いていた。
 この輸送用馬車を、移動用トーチカとして利用したのがウォーワゴン、あるいはターボルなどとも呼ばれる兵器である。最も有名なものは、フス戦争の際にヤン・ジシュカが運用したものである。これは鉄板で装甲し、円形に配置してその間から携行火砲で射撃した。まさに移動する砦であった。同様の運用法は、開拓時代のアメリカで開拓者たちが幌馬車でインディアンの襲撃に備えたり、また東洋でも馬車をウォーワゴンとして運用した例がある。

 騎兵は、鞍や鐙が発明される前は、偵察や伝令、せいぜいが陽動や後方攪乱といった予備的な運用に留まっていた。何故なら、鞍や鐙、特に鐙がないと、馬上で踏ん張ることができないからである。鞍が発明され、そしてその後鐙が発明されると、騎手は馬上で踏ん張って力を入れることが可能になった。それ以前はせいぜい投槍くらいしか武器はなかったが、鐙の発明によって、馬上で弓を引くことが可能になり、また槍を構えて敵に突撃することが可能になった。こうして弓騎兵と重騎兵が生まれた。こうして騎兵は軍事における主要兵科となった。
 特に馬上での行動に慣れた遊牧民たちは、自由自在に馬上で弓を扱い、大規模な弓騎兵による一撃離脱戦法は定住農耕民たちの歩兵主体の軍隊を翻弄した。支那の春秋戦国時代にあっては、趙が夷狄、つまり蛮族たる遊牧民たちの風習であるズボン、胡服を取り入れ、騎射、弓騎兵を取り入れた。これを胡服騎射という。それまで支那人にはズボンをはく風習がなく、ズボンは夷狄の野蛮人のはくものだと忌避されていた。野蛮人の真似をするなど誇り高い中華民族にとって屈辱的なわけであったが、この胡服騎射の導入によって趙の軍事力は増大し、騎射とズボンは全中華に普及した。
 また、馬上で駈けながら後方へ振り向いて弓を射ることをパルティアンショットと呼ぶ。無論パルティア帝国にちなんだものである。こういった弓騎兵は常に駈けつつ射撃を繰り返し、機動力のない兵士を翻弄した。
 こうした弓騎兵の騎射は、高い技倆が必要になるため、馬に慣れた遊牧民族が中心となって採用されていた。定住農耕民はそこまで技倆のいらない騎馬突撃が主要な戦術となった。中世ヨーロッパの騎士たちはランスチャージで有名である。ヨーロッパで騎射はほとんど発達しなかった。彼ら騎士たちはモンゴル襲来の際には、モンゴルの強力な弓騎兵の大群に為す術もなく一方的な惨敗を喫した。ただ、農耕民であった中世黎明期の日本では、騎射を中心とする騎馬武者が発達した。
 騎兵、特に農耕民の重騎兵は、馬の飼育や重装備の調達、騎手の訓練など費用がかかる。そのため騎兵の多くは貴族であり、また共和国でも軍備を兵士が自弁で賄った古代ギリシアや古代ローマでは、騎兵は富裕層が請け負うものであった。古代ローマの騎士階級とはこういった富裕層であり、彼らはやがて権力を求めるようになった。新興勢力としてノウス・ホモと呼ばれた。
 中世ヨーロッパの騎士たちはチェーンメイルやプレートアーマーに身を包んだ重騎兵であったが、しかしパイクや火器などの歩兵戦術の発達、そして経済的環境の変化もあって姿を消した。
 火器が登場したあと、騎兵も火器、ピストルで武装するようになった。当時のピストルは、歩兵の火縄式マスケットよりは扱いやすかったものの、前装式のホイールロック式であり、装填に時間がかかった。そこで彼らは敵の前面でピストルを撃ち、撃ったら敵の前面で反転し味方の後列について装填を行うという戦法を編み出した。これをカタツムリの殻にたとえてカラコール戦法と呼んだ。しかし当時の滑空砲のピストルは有効射程が数メートルしかなかった。なので指揮官たちは可能な限り敵に接近して発砲するよう命じたが、彼らは傭兵であり、自らの命の危険を犯して敵に接近することを拒絶した。そしてカラコール戦法で敵の前で反転する騎兵たちはマスケットの格好の的であった。
 そこでスウェーデン王グスタフ2世アドルフは、騎兵たちにサーベル抜刀突撃を命じた。当時のマスケットは命中精度が低く装填速度も遅いため、これは効果的であった。こうして衝撃力としての騎兵は復活した。啓蒙主義時代やナポレオン戦争での騎兵は、サーベル抜刀突撃を主任務とした。その他に、胸甲(キュイラス)を身に着けサーベル抜刀突撃を行う胸甲騎兵(キュイラシエ)、槍で突撃するウーラン、セルビア発祥の軽騎兵で驃騎兵とも表記されるユサール、騎兵用に短くされた長銃(カービン)を装備し騎乗した射手として活躍したカラビニエなどの兵科があった。竜騎兵(ドラグーン)も有名だが、彼らは元来騎兵ではなく、騎馬歩兵、つまり馬で移動する戦列歩兵であった。フランス王国の三銃士で有名な銃士隊も騎馬歩兵であった。ただ時代が下ると、竜騎兵は各国で異なる種類の兵科となった。竜騎兵は国によって胸甲騎兵のことを指したりカラビニエのことを指したり、あるいは軽竜騎兵というのも作られサーベル抜刀を任務とする騎兵であったり、カラビニエであったりした。
 しかしナポレオン戦争が終わって以降、銃火器は急速に発達し、後装式背条砲(ライフル)が普及し、すでに普仏戦争の際にはプロイセン軍の主力とはならないでいた。そして機関銃が登場し、第一次世界大戦で騎兵はほぼ無力化された。それでも第二次世界大戦では若干活躍したが、戦後騎兵は表舞台から姿を消した。


 馬は幾つかの種類に分かれ、その分類法は複数ある。日本の馬事で有名なのが、軽種、中間種、重種というものだが、各国で様々な分類法が存在する。また日本でもこれに加えてポニーと日本在来種という分類がある。その他に野生種もあるが、野生種は恐らく絶滅している。現在存在する野生馬というのは、家畜である馬が逃げ出した個体の子孫である。
 軽種は乗馬用の馬であり、我々がよく知るサラブレッドなどは最も軽量な軽種といえる。他にもアラブやアングロアラブがある。サラブレッドはかなり近年になって作られた新しい馬である。競馬でもおなじみだが、競馬を引退したサラブレッドは乗馬クラブに引き取られて乗用馬として過ごすこともある。
 中間種はその名のごとく、軽種と重種の中間である。
 重種は、馬車を曳かせたり、農耕に使ったり、軍馬として用いられた。中世ヨーロッパの重装備の騎士たちもこの重種の馬に乗っていた。これらの馬は、我々の見慣れたサラブレッドに比べれば一回り大きいくらいのどっしりとした印象である。威圧感が違う。騎兵というのは、その重武装や機動力も怖いわけだが、何より歩兵は騎兵の馬の巨大さに威圧されるのである。
 ポニーは単純に大きさで分けているだけである。
 日本在来種は、西洋の馬より一回り以上小さい。西洋の馬が入ってくるまではもちろんこれしかなかった。武田騎馬隊など有名だが、こんな小さな馬では耐えられないし、日本では実際には乗馬戦闘など行われていなかったという学説もあるが、しかし当時の日本人の平均身長は155cm前後であったため問題がなかったともされている。

 馬は家畜化されるだけあって賢い動物とされる。理解力には乏しいものの、記憶力は優れている。日本人馬術金メダリストとして知られる、バロン西こと西竹一が、戦車部隊の隊長として硫黄島の戦いへ赴く前にかつて金メダルを共にとったウラヌスに会いに行くと、ウラヌスは西竹一のことを憶えていて、喜びを見せた。馬は敏感であり、人間の精神との共感力に優れているとされていて、西竹一などは、自分のことを本当に理解してくれたのはウラヌスだけだと述べている。これを利用してホースセラピーなるものも行われている。
 馬というのは好奇心が強く、繊細で、社会性がある動物である。本来は臆病で敏感な動物であり、乗用馬などは大きな音などがするとすぐに動揺してしまう。軍馬というのは訓練されているから怯えたりせず戦争に使えるのであり、訓練されていない馬は戦場から逃げ出してしまうであろう。この訓練の分、特に軍馬はコストがかかったのである。それでも先端の尖った槍によって作られた槍衾に突撃させようとすれば軍馬といえど怯んで無力化された。パイクというのはこのために特化した武器である。銃剣も、本来は騎兵の突撃に対する武器であり、簡易パイクと呼べるものであった。この銃剣の発明により、戦場からようやくパイクが消えることになった。


 馬に乗るというのは、精神的に特別なことでもある。ウィンストン・チャーチルも馬に乗ると精神的に偉大になれるみたいなことを述べていた。まず単純に視点が高くなるし、馬を操るというのは、車の運転とは違う醍醐味がある。車などはただの機械に過ぎないが、馬というのは意思のある生物である。馬に乗るというのは、彼らを支配するということである。車などはただの機械であるから自由に操れるが、馬というのは必ずしも自分のいうことを聞かない。馬に気に入られなかったら、彼らの機嫌を損ねたら、彼らはいうことを聞かないし、それどころか彼らは無能な騎手を軽蔑し馬鹿にすらする。馬術というのはただ乗り物を操るのに限らない、支配の学なのである。帝王学なのである。古代の帝王だって暗愚であれば馬にだって馬鹿にされたであろう。
 まあ、うろんな哲学は措いておこう。

 馬の操作は比較的簡単である。脚で馬の胴を締め付け、刺激すれば前に進む。これを脚を入れるという。教本的なものには、馬の胴を締めて刺激を与えれば前に進むなどと書かれているが、私はそんなお上品な馬に乗ったことがないからなのか、割と馬の腹に蹴りを入れるようにしていた。
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 脚を入れる際に補助となる馬具が、拍車である。大衆に膾炙している拍車は、先端部分が尖った歯車状になっているものだが、ただの丸い車や、車がなく尖った四角錐状のものもあり、現在馬術で一般的なものは円柱状で尖ってはいない。あくまで補助的な馬具であり、拍車で馬の胴を刺すかのように蹴るものではない。
 この拍車は、剣と同時に騎士を象徴するものであった。ノーザンプトン伯の家に生まれたヘンリー・パーシーは通称をホットスパーと呼んだが、これは熱い、激烈な拍車という意味だけれど、この場合拍車は騎士そのものを指すわけで、苛烈な騎士といった意味になる。コンビニのホットスパーはスペルが違うので関係ない。また、百年戦争でフランドルの都市連合軍がフランス王国の騎士たちを破った戦いは、戦場に負けた騎士たちの金の拍車がたくさん残されたために金拍車の戦いと呼ばれている。

 強く脚を入れれば馬は走り出す。馬の歩調には四つの種類がある。常歩(なみあし)、速歩(はやあし)、駈歩(かけあし)、襲歩(しゅうほ)である。
 常歩は一つずつ脚を運ぶ。いわば普通の歩きである。人間が早足で歩くくらいの速度である。乗っていてもそれほど振動もなく問題はない。当然ながら馬にとっても負担が少ない。
 速歩は二つずつ脚を運ぶ。馬の普通の走りである。こうなると伴走しようとしたら人間も走らないと追いつかない。乗っていると上下の振動がかなりある。騎手は背筋を伸ばしつつ力を入れないで、背骨でショックを吸収する。うまくしないと鞍の上でバウンドすることになる。これになると素人だと鞍の上でバウンドしてしまうわけであるが、乗れないわけではない。落馬もまずしない。馬に負担はかかるが。馬で長距離を走る場合は、この速歩である。
 駈歩は、速歩より速い馬の走りである。乗っているとまるでダイナミックにうねるような波打つような感覚になる。この速度になると、走っていて恐怖を感じるくらいにはなる。人間では全力で走っても追いつかない。速歩と比べて上下の振動を感じにくいので楽ではあるが、実際にはかなり激しい動きをしており、油断すれば落馬するだろう。馬は一時間も駈歩すれば力を使い果たしてしまうだろう。伝令の早馬はこの駈歩だろうが、負担であるため、伝令は途中で馬を取り替えるなどする。戦争での騎馬突撃や弓騎兵の機動はこの駈歩だろう。
 襲歩は、馬の全力疾走である。我々が競馬で見るのがこの襲歩である。これは騎手も訓練されていないと堪えられないだろう。私も経験したことがない。時速は60kmにも達する。馬の方も十分程度しか耐えられないだろう。

 手綱を引くと、それが銜に伝わり、馬は止まる。これも教本的なものには、手の動きを止める程度でよく、引っ張る必要はないと書かれており、こちらは実際に引っ張らなくても馬は止まってくれる。まあ、興奮して走って半分暴走していたら引っ張ることにもなるが。
 片方にだけ手綱を引くと、馬は曲がってくれる。これも引っ張る必要はなく、頚部の動きを阻害する程度である。馬が騎手を馬鹿にしていうことを聞かないとかなら別であるが。

 補助的な馬具に鞭がある。現代の馬術では、短鞭と長鞭がある。短鞭は先端が革が丸まっていて、音を立てるようになっている。叩く刺激だけではなく、音で馬を刺激する。長鞭は先端が細くなっており、空気を切って音を立てたり、直接叩いたりするが、長鞭のほうが痛い。まあ、痛いといっても人間が思っているほど痛くはない。競馬用の鞭は短いが、短い棘のようなものがたくさんついており、より刺激を与える。馬術競技でも障碍飛越では短鞭を使い、馬場馬術では長鞭を使う。
 また、馬がいうことを聞かない際には、鞭を鳴らしたり、あるいは長鞭を馬の視界に入るようにかざしたりして馬に恐怖を与える。基本的に鞭を入れると馬は走るわけである。ただ暴走した際は鞭をかざして脅したりする。
 甘っちょろい現代の騎手は、「お馬さんが痛がったら可愛そう」などと思うらしく、脚を入れたり拍車をかけたり鞭を入れたりすることを躊躇する。そうすると馬は、こいつは腑抜けで痛いことをしてこないと思って、舐めていうことを聞かず、騎手を馬鹿にする。

 余談だが、乗馬をはじめる動機は、多分、馬が可愛いというのと、競馬から馬が好きになったというのと、私みたいな貴族趣味の帝王学が云々とか考える変人というようなものがあるらしい。

 乗馬というのは、全身運動である。ただ乗っているだけに見えるが、実際には馬上でバランスを取り、馬に指示を与えるため、全身の、特に脚の筋肉を使う。そのため、一度馬に乗ると全身筋肉痛になる。特に脚がすごいことになる。多分全スポーツの中で最も筋肉痛の激しいスポーツであろう。


 馬は草食動物であるから、草を食べるのだが、しかし家畜化された馬は食もいわば贅沢になり、その辺の草でも食わせておけばいいというわけではない。多くの馬は秣、つまり藁のような干し草を食べる。しかしナポレオン戦争の時、フランス大陸軍の軍馬は燕麦を食べていたのだが、ロシア戦線では、ロシア帝国の軍馬は秣を食べていたため燕麦を現地調達できず補給せねばならず、インフラの貧弱なロシアでは補給が破綻し、ナポレオンはロシアで敗北した。軍馬は次々と兵士の食料となり、フランスは多数の軍馬と輜重を失った。また、イングランドでも馬は燕麦を食べたが、スコットランドでは燕麦を人間が食べていたため、民族ジョークのネタにされた。
 日本では馬は人参が好きという常識があるが、他の国では微妙に異なっており、つまりは甘くて堅い食べ物が好きならしい。

 逆に馬を食べる方だが、馬は乗用運送用農耕用軍用と使いみちが多かったため、家畜の馬を食べる機会は人類史で少なかった。食べるにしても基本的に食用で飼育されているわけではないので、肉には脂も少なく、堅いことが多い。牛もその傾向が強かったが。そのため馬肉食の文化はあまり一般的ではない。日本では桜肉と呼ばれ、馬刺しが有名である。
 私が学生時代通っていた乗馬クラブでは、馬が処分されると、乗馬クラブスタッフのその夜の夕食には馬肉料理が並ぶのだといわれていた。


 馬の他にも乗用、あるいは運送用に使われた動物は他にもある。とはいえ、特に乗用では馬は最適であった。

 驢馬は、馬の近縁種であるが、気性が異なる。身体は一回り小さいが、頑健である。驢馬は頑固で鈍感で、社会性がなく孤独を好む。そのため、軍隊のように集団で動かすのには向いていなかった。
 驢馬と馬の間には子供ができる。騾馬である。しかし騾馬には生殖能力がない。騾馬は驢馬と馬の中間であるそうだ。

 駱駝は、特に砂漠での過酷な環境に耐えたが、しかし気性が馬に比べて激しく、馬のような社会性にも乏しく、扱いにくい。乗り心地も悪いらしい。アラブ諸国では駱駝騎兵が編成され、射撃騎兵として一定の成果を挙げており、現在でも銃火器で武装した兵士が搭乗した駱駝騎兵が存在する。なお、駱駝、駱駝騎兵はその駱駝の体臭などが馬が嫌がってあるいは恐れさせるという軍事的伝承があったが、実際には単に駱駝をはじめて見たヨーロッパの馬が驚いただけだったともいわれている。

 象もまた、乗用として、そして軍用にも使われた。現代でも補助的な労働力として使役している。しかし、象は馬ほど人間のコントロールを受け付けてくれないし、本質的に臆病で、軍用としてはしばしば暴走する。その巨大さで歩兵を圧倒し、馬を恐怖させ、歩兵などは押し潰されすらする。しかし火や炸裂する火薬を恐れる。また、戦闘で一旦突進すると、方向転換できずひたすら前に進む。そのため、ザマの戦いでは、象兵を擁するカルタゴ軍に対して、ローマ軍は隊列に大きな隙間を作ってそこを象の通り道にして象兵をやり過ごし、無力化した。


 ファンタジー世界の騎兵は、基本的に中世ヨーロッパに準じたものであろう。なにより、西欧の騎士こそは中世ヨーロッパを彩る華であり、中世ヨーロッパ風ファンタジーに欠かせない。だから逆にいうと、騎士の天敵であるパイク歩兵を普及させるとファンタジー世界には穴が開く。騎兵は貴族階級のものであり、歩兵は市民階級のものである。ファンタジー世界をファンタジー世界たらしめているものの一つは貴族階級の存在とも思える。王国という響きはファンタジー世界らしさを醸し出す。

 むしろファンタジー世界では、特殊な騎兵が着目されるものであろう。ペガソス、ユニコーン、グリフォン、ヒポグリフ、そしてドラゴン。こういった怪物に乗った騎士たちを空想できるのはファンタジー世界ならではであろう。
 ペガソスはギリシア神話のペルセウスあるいはベレロフォンが騎乗していたことでも知られる。ペガソスの騎士たちとはなんとも優美な存在と思える。ただ日本でペガサスナイトという言葉は任天堂の登録商標であるから留意が必要である。商業的に使えない。
 ユニコーンは騎乗可能に見えるが、ユニコーンの騎士というのはあまり聞かない。ユニコーンはむしろ角の薬効と、処女にしか心を許さないことで知られる。特に処女にしか心を許さないため、搭乗可能だったとしても騎手を選ぶ。
 グリフォンは凶暴な怪物であるが、騎乗可能とされることも多く、たとえばウォーハンマーなどではエンパイアの皇帝や選帝侯たちが騎乗しているらしい。ヒポグリフのヒポは馬を意味し、グリフォンが馬を孕ませて生まれた交雑種である。グリフォンに比べて気性が大人しく、騎乗に適しているらしい。
 ドラゴンといえばファンタジー世界では強大な力の象徴であり、人間を凌ぐ叡智すら持ち合わせていることもある。そのドラゴンが人間の騎馬となるというのは、あるいはその搭乗者の力を示すものであり、実力がなければドラゴンの乗り手とはなれない。もちろん、血縁や契約で従うことになっているだけかもしれないが。一部のファンタジーでは、ドラゴンの騎士といっても、竜種でも下等な飛竜、ワイバーンに騎乗しているというものもある。
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ファンタジー世界の宗教 [ファンタジー世界考察]

 多くのファンタジー世界では多神教的な宗教が信じられている。しかし一方で、多くのファンタジー世界は中世ヨーロッパをモデルにしているので、一神教であるキリスト教を無視することもできないので、キリスト教の要素も加味されがちである。

 いずれにせよ重要なことは、基本的にファンタジー世界では信仰の対象たる神が実在することである。なので原則的に宗教は絶対的なはずであるが、しかしそれではつまらないので、ファンタジー世界によって様々な形で神の力を制限している。たとえばソード・ワールドでは、神代の神々の戦いによって神々の肉体が深く傷つき、癒えるまで眠りについているため、本来の力を出せない。なんであれ多くのファンタジー世界では、何かしらの理由によって神はこの世界に直接介入できない、あるいはしようとしないため、人間や、他の生物、エルフやらオークやらに代理で戦わせる。だからこそファンタジー世界では人間と悪の勢力が戦うのであるし、人間の一部が悪に染まって悪神を崇拝し、主人公がその悪を懲らしめることにもなる。

 このように神が実在し、神は聖職者たちに、あるいは信仰の厚いものたちに直接語りかけもするから、異端というのは存在しない可能性もある。キリスト教をはじめとする異端というのは、多くは原初の聖典の解釈の違いにより発生する。現実の宗教において、一般的にいうのなら神は実在するわけではないので、神学における正解というのは存在せず、なにかしらの理由で正統解釈というものが決定され、それ以外が異端として排斥される。例えば古代教会におけるアリウス派やネストリウス派などである。また、典礼の形式によって分かれるものもある。普遍教会カトリックと正統教会オーソドックスはどちらかというと典礼の形式や歴史的経緯の方が断絶において根深い。
 しかしファンタジー世界では神が実在して、聖職者や信者に神が語りかけるのだから、聖典というより神の教義そのものについて、解釈の差異が発生することはありえないわけである。ただやはりそれではつまらないところがあるから、たとえば神は抽象的あるいは難解なことしか語らないために教義や解釈に食い違いが出るとか、神との交流の機会が限られていたりとかすると色々面白くはなる。
 また、キリスト教的な一神教の神は無謬であることが大前提となるが、多神教的な神々は、ギリシア神話などを見てもわかるが誤謬もするので、そういう意味でも神が絶対となるわけでもない。
 とはいえ異端の存在、異端審問などは中世ヨーロッパ独自のテイストがする要素である。だから中世ヨーロッパ的な味付けを目指すのなら、神との関係をなにかしら難しくすることによって、教義や解釈に差異が出るようにして、異端を存在させるのも面白い。

 ちなみに多神教的世界にあっては、崇拝される神々はだいたいが光の神の一族みたいになっているから、神Aの信者にとって神Bの信者が異端とか異教徒とかいうようなことはない。
 だからといって多神教的世界がどんな神でも受け入れるかというと、そう一概にいえるわけでもない。古代ローマは、他の神を否定しなければどんな神でも受け入れたが、つまりユダヤ教とキリスト教以外受け入れたのだが、ここまでの寛容はどちらかというと稀有な例である。侵略者階級の民が、まつろわぬ被支配者の民の神を貶め邪神となした例は本朝の常陸風土記などにも見て取れる。この関係は一概にいえるわけではなく、たとえば被支配者の神が侵略者の主流な神の仲間入りをすることもある。古代ローマでのキュベレやミトラの信仰はこれに近い。

 いずれにせよファンタジー世界の神はそれほど絶対的ではないほうがなにかと面白い。


 異端と書いたが、中世ヨーロッパには魅惑的(?)な異端が色々とあった。
 インパクトの面で強いのが鞭打教徒である。彼らは自らの原罪、生まれながらの罪を、自らの身体を鞭打つことで贖おうとした。キリストは磔刑になる前、鞭で打たれた。これは古代ローマの磔刑では鞭打も磔刑の一環としてセットだったからだ。鞭打教徒たちはキリストの受難を再現しようとした。他にも鎖のような拷問器具を常時身につけるものもいた。苦痛によって精神がより高みを目指せるというのは古今東西の宗教家にとって共通ではあるが。
 有名で、世界史的にも大きな勢力であったのが、カタリ派である。中心都市の名前からアルビ派、アルビジョワ派とも呼ばれる。彼らは、魂や精神は神が創ったが、肉体、というより物質世界そのものを創ったのはサタンであると信じていた。これはグノーシス主義の、魂は神が創ったが物質世界は偽の神たるデミウルゴスが創ったというのに似ている。信者はサタンの創った物質世界を悪と見做した。富を含んだ物質を憎んだため、当時の堕落したカトリックなどと比べて清貧であった。生殖すら、憎むべき肉体、物質を産み出す行為として禁忌とされた。そのため逆説的だが、生殖を求めない快楽のための性行為は推奨されたらしい。また、生殖の結果であるところの獣の肉も忌避されたため、菜食主義となった。しかし魚肉は認められていた。というのは、当時魚というのは生殖で産まれるものではなく、海の泡などから自然発生するものだと信じられていたからだ。このアルビジョワ派に向けられたのがアルビジョワ十字軍である。しかしこのアルビジョワ十字軍は、どちらかというと、アルビジョワ派の根拠地であり、アルビジョワ派を保護していた南フランスの諸侯に対して、フランス王がその勢力を削ぐために行った面が強い。このアルビジョワ十字軍で教皇特使アルノー・アモーリが発した有名な言葉が、「皆殺しにせよ、神は自らの下僕を知っている」である。この言葉に従い人口約一万人の都市の住民が虐殺された。異端ではない真のキリスト教信仰者なら神のご加護があるのだからそもそも虐殺されたりしないという乱暴な理屈であるが、この理屈はキリスト教における異端審問の基本理論となって、拷問も残虐刑も正当化された。

 現代日本人の我々にとって異端というのは、感覚的に新興宗教、カルト宗教に似ているようにも思える。不気味で社会から排斥される傾向などはまさにそうなのかもしれない。
 とはいえこういった短絡的な見方は私はあまり好まない。というのは、カトリックの信仰だって熱狂の度合いでは異端とそれほど変わりがなく、当時のカトリックを現代日本人の感覚で見たら新興宗教やカルト宗教のようにすら見えるかもしれないからだ。
 実際、現代日本人は、RPGの、その世界の中での正統な宗教すら少数派の、つまり一部の人間の狂熱的な過誤かのように取り扱っているように思える。多くのRPG、特にTRPGで、聖職者以外のプレイヤーキャラクターたちは、まるで現代の無宗教者、物質主義者みたいに振る舞い、その世界での宗教に対してすら無宗教的、物質主義的に振る舞っている。もちろん、現代日本において無宗教、物質主義は根深いもので、RPGであってもそれを切り離して宗教を認識することなどできないのだろう。私だって欧米のキリスト教徒と世界を共有できているとは思っていない。とはいえ現代日本人のRPGにおける宗教に対してのこの上ない冷笑主義は、ファンタジー世界の宗教の特質、神の実在とヨーロッパ世界をモティーフにしたことを鑑みると、どうにもおかしいものに思える。
 たしかに日本人の異様なまでの宗教に対する冷笑主義は、幾つかのファンタジー作品、漫画や小説やCRPGなどにおいて特筆すべき作品を生み出しはした。たとえば真・女神転生IIのラスボスY.H.V.H.などに顕著である。これを一概に否定できるものではない。しかし、特にTRPGというのはファンタジー世界における日常的な社会を描くものであるのに、やたら宗教に対して冷笑主義的である。そこに見られるのはただの宗教に対しての無理解だけである。

 つまり冒険者のパーティでも、まともに神を信じて祈りを捧げているのはプリーストだけであり、他のメンバーは神をろくに信じている様子もないどころか、プリーストの信仰心を狂信者扱いし、またプリーストやらGMの操るNPCの聖職者ですら狂信者じみたロールプレイをする。いや、たしかに中世ヨーロッパというのは、カトリックの狂信者の群れであるわけだけれど、それは中世ヨーロッパの住人すべてがカトリックの狂信者であったということである。いずれにせよ日本人のRPGゲーマーは宗教を狂信者ロールプレイでしか表現できないようにも見えてしまう。せめて、何かしら驚嘆したら神の名を口にするとか、毎朝祈りを捧げるとかすれば良いとか思うのだが。実際、現代の欧米人だって、驚嘆したら"Oh, my God!"とか"Jesus!"とか口にするではないか。まあ十戒にある軽々しく神の名を口にするなには反する気がしなくもないが。
 どちらにしても神が実在し奇蹟も実在する世界なのに、ほとんど神の実在を疑うレベルで宗教に冷笑主義的なのは奇妙に思えるし、現代日本そのままという感じもあり残念に思える。
 また、そういったファンタジー世界に、新興宗教というのが存在して、現代日本人の新興宗教団体に対するような感覚をそのまま適用させているのも奇妙な感じがする。その延長線上で、宗教を金儲けとやたら同一視するのも現代的にも見えるが、中世ヨーロッパのカトリックもそういう意味では堕落していたのでそこについては一方的な否定もできない。

 ファンタジー世界では神が実在し、神が本当に何かしら語りかけてくる世界なのだから、教義に対する解釈の違いなど発生せず、従って異端など存在しないはずなのだが、しかし異端とか異端審問とか異端審問官とかいうのは中世ヨーロッパ的な要素であり、何かしら実在する神を不完全化するなりなんなりして、どうにか異端というものをファンタジー世界に存在させたくなる。
 ただやはり現代的な新興宗教団体、カルト宗教団体みたいな感覚をそのままファンタジー世界に持ち込むのは違うように思えるし、現代日本の宗教に対する冷笑主義をそのままファンタジー世界には持ち込みたくない。


 ファンタジー世界の宗教の特色としては、聖職者の魔法がある。プリーストといったジョブやスキルは、神の慈悲的なものによって傷ついたものを癒やしヒットポイントを回復させる。
 こういった要素はカトリック教会にも認められる。つまり奇蹟である。列聖、聖人として認定されるためには、殉教するか、もしくは奇蹟を起こす必要がある。古代ローマにあっては殉教者が続出したので列聖する聖人にも困らなかったが、キリスト教がローマの国教となってからは、殉教者の生産が途絶えてしまった。なので現代のカトリック教会では列聖されるために奇蹟の認定が欠かせない。多くの奇蹟は、不治の病を癒やすという内容である。つまりその聖職者なり教皇なり信徒なりが不治の病の患者に触れたらその患者が治ったという奇蹟が定番である。最近列聖された聖人は、たいていが脳腫瘍とかを癒やしたみたいな内容で奇蹟認定される。まあその聖人が触れた不治の病の患者の中から「たまたま」治った人物を頑張って探したのであろうが。
 乱暴にいえば、これをファンタジー世界に適応させたのが、治癒魔法である。つまりファンタジー世界、RPGにおけるプリーストというのは、奇蹟をほいほいと行っているわけである。実際のカトリック教会の聖職者にも、秘蹟、サクラメントを行う権能が与えられていて、信徒に罪の赦しなどを行うことができるが、それをまあ派手にしたようなものである。
 いずれにせよファンタジー世界にあっては、神の奇蹟というものは割とよく行われることであって、ヒットポイントを回復させるのは奇蹟であるし、あるいは街を雷槌で焼き尽くすなり、あるいは子供たちにちょっとした幸せを届けるなり、幾らでも奇蹟の種類はあるだろう。
 ただ別に他の種類の魔法で傷を癒やしても全然構わないのである。治癒魔法がプリーストの専売特許なのはゲーム的な都合である。あるいはただの雰囲気である。


 このようにファンタジー世界の聖職者、あるいは経験な信徒は、直接神の言葉すら聞くことができるのだが、かといって彼らが完全なる神の下僕として完璧な行動をとるわけではない。だいたい、そんなことされても面白くない。もしファンタジー世界の宗教家が全員神とつながって神の声を聞いて神の忠実な下僕だったとしたら、つまらないだろうし、人間的でもない。
 中世ヨーロッパというのはたいそう宗教的な時代であり、カトリック教会の精神的支配著しい時代だったのだけれど、しかし教会の腐敗と堕落もまた史実なのであった。そして人間というのは、腐敗し堕落する生き物だからこそ面白くもなるのである。
 そういうわけで、ファンタジー世界にあっても、聖職者たちは腐敗や堕落も許されるべきなのである。神は何かしら不完全であってほしいことが要求される。ファンタジー世界では光の善神と闇の悪神の勧善懲悪な戦いなどが強調されがちが、しかしそんなの面白くない。古臭い作劇であれば単純な勧善懲悪でも喜ばれたのかもしれないが、少なくとも私はそんなもの面白くない。

 というわけなので、ファンタジー世界というのは、神が実在する世界であり、なおかつ彼らが不完全な世界であり、それを前提とした宗教の存在が求められるのである。
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ファンタジー世界の食器、カトラリー [ファンタジー世界考察]

 おフランスお料理は今では世界の料理の最高峰で、大変おセレブな方々が食べるお上品なお食事ということになっていて、おマナーなどがおうるさくいわれるものだとされている。ただフランス料理が現在の地位を不動にしたのはせいぜいが19世紀のヴィーン会議に発祥するものである。美食家で知られるフランスの外務大臣たるタレーランがアントナン・カレームに命じて宮廷料理としてのフランス料理を完成させた。それ以前にフランス料理の基礎はできていたけれど、フランス料理が洗練されるものになったきっかけは17世紀の出来事によってであった。


 中世ヨーロッパの食事作法というのは、まあ存在しないも同じであった。そもそも食器がろくになかった。食事を盛る器も、むろん椀や皿もあったが、貴族たちの食事では、しばしばトレンチャーと呼ばれる堅く焼いたパンが使われた。巨大なフランスパンを縦に半分に切ったものだと想像したらいい。その上に肉などを盛り付けるのである。使い終わったトレンチャーは召使いが食べたらしい。

 食器、カトラリーも、スプーンとナイフしかなかった。さすがに汁物をすくうスプーンと、肉を切るナイフは必要だった。しかしそれ以外は手づかみだった。貴族であれ、庶民であれ、手づかみだった。


 中世ヨーロッパでフォークといえば農具であった。いわゆるピッチフォークである。藁を積んだり運んだりするための農具である。単純な構造のものは歯が二つであり、大抵の農民、というか農奴は貧しいし、二つの歯のフォークが多かっただろう。
 農民の反乱といえば武器はこのフォークであった。だから欧米のステレオタイプとして、農民、というより暴徒が蜂起するとその武器はフォークである。農民農奴の武器といえばフォークである。欧米のステレオタイプタイプとして暴徒の武器といえばフォークである。日本でいえば百姓一揆で農民が持つ武器といえば竹槍みたいなイメージなのと同じである。まあ一揆というのは「特定の目的を持った共和主義的共同体」の意味であるから、この用法は誤用だが。


 ただ食器として、もしくは調理用具としてのフォークは古代ギリシアにも存在した。肉を刺して食べたり、あるいは焼いた肉をナイフで切り分ける際などに使った。これは古代ローマでも使われていた。これらは銅や銀で作られていた。

 ちなみに昔のフォークというのは、農具と同じで二つの歯を持っていた。また、現代のフォークのように湾曲していなく、まっすぐであった。

 しかし古代ローマの滅亡とともにヨーロッパから食器としてのフォークは失われてしまった。ビザンティン、東ローマ帝国に細々と命脈を保つだけだった。
 11世紀ごろ、東ローマ帝国の皇女が西ヨーロッパに嫁いで来る際にフォークの文化ももたらされた。中世ヴェネツィア共和国の貴族たちは三つの歯のあるフォークで食事をしていた。しかしフォークはイタリアでしか普及しなかった。イングランドやフランスの王侯貴族は手づかみで食事をしていた。
 例えば16世紀に、日本にキリスト教が伝わってきたが、その際ルイス・フロイスは、ヨーロッパ人は手づかみで食事をするが、日本人は箸で食べるなどと書いている。

 よく知られることだが、ブルボン朝の開祖アンリ4世の妻であったカトリーヌ・ド・メディシスによって、イタリアの先進的で洗練された諸文化がフランスに伝えられ、その中にフォークもあったわけである。彼女によってフランス料理に洗練の機会がもたらされた。ブルボン朝の宮廷文化においてフランス料理も洗練されていった。大コンデ公の指示によって開催され、フランソワ・ヴァテールによって監督された豪華な宴会は映画にもなっている。
 上述の通り、フランス帝国敗北後の、敗戦処理のヴィーン会議で、フランスの外務大臣シャルル・モーリス・タレーラン=ペリゴールが、洗練されたフランス料理を披露したが、これによってフランス料理が現在のような宮廷料理の王者としての地位を確立した。タレーランに雇われたシェフ、アントナン・カレームはフランス料理を完成させたといってもいい。
 フランスの美食家ブリア=サヴァランは「新しい星を見つけるよりも美味しい食事のほうが人を幸せにする」という言葉で有名だけれど、しかしこういったフランスのグルマン、美食家というイメージは18世紀~19世紀にようやく確立されたものである。

 しかしそれでも手づかみの食文化は庶民に色濃く残っていた。
 その代表がパスタ、スパゲッティである。19世紀までスパゲッティは手づかみで食べる庶民の食べ物であった。人々はスパゲッティを手に掴み、顔の上に掲げ、垂れてきたスパゲッティを下から食べるという下品な食べ方をしていた。
 両シチリア王国の国王フェルディナンド1世は、大変無教養な人物で、この庶民の食べるスパゲッティを食べたがった。しかしハプスブルク家出身の王妃は庶民の下品な食べ物を嫌った。そこで王妃が、パスタを食べるために、四本歯のフォークを学者に命じて作らせた。これがパスタをフォークで食べる文化の発祥である。19世紀の話である。ただこの時点でもフォークは平べったいものだった。その後現在のような湾曲したフォークが作られた。


 ところでヨーロッパの食器といえば銀である。ヨーロッパの王侯貴族、あるいは高位聖職者たちは好んで銀の食器を使用した。何故か。

 それは毒殺を恐れたからである。当時、銀は、毒に触れると色が曇ると信じられていた。銀というのは実際に酸化しやすい鉱物ではあるけれど、当時の人々はもっと魔術的な理由によってそう信じていた。毒殺は古代から王侯貴族にとって暗殺の常套手段とされていた。中世から近世にかけてのヨーロッパでも同じであった。王侯貴族はとにかく毒殺を恐れた。リシュリュー枢機卿は猫をたくさん飼っていて、食事の際にまず食事を床にこぼして猫に食事を分け与えていたが、それは猫に毒味をさせるためであったなどとされている。銀の食器は常にピカピカに磨いておかないといけないわけだが、それは酸化しやすいからであり、また彼らの主観としては、毒に触れた時の反応を確かめるためであった。

 銀に次いで良質とされていたのが錫合金である。ピューター、白鑞(しろめ)と呼ばれる。錫に少量の鉛を混ぜたものである。それより格が落ちると、青銅やら、陶器やら、木地やら土器(かわらけ)になる。


 ファンタジー世界には、まあフォークが存在してもなんの問題もないとは思う。フォークが普及していても特に世界のリアリティが崩れたりもしなさそうである。衛生面で向上して死亡率が下がるかもしれないが、若干だろう。南アジアなどは今でも手づかみであるし、逆に東アジアでは古くから箸が普及していた。
 ただ、あまり洗練された食器、カトラリーが普及していてもなんというか興醒めな感じもする。手づかみの文化を残すのもいいだろうし、あるいはフォークも歯が二つで平べったいものだったりすると「らしく」見るように思える。
 銀の食器も、単に酸化しやすいとか、毒に触れたら曇るなんて迷信とかいっては実につまらない。やはりファンタジー世界なのだから、実際に毒に触れたら、魔術的な、その世界に実在する魔術の機構として、曇ったりするとよさそうにも思える。
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ありうべきロールプレイ [TRPG]

 どうもこちらのブログがサボり気味で、萌えブログの更新ばかりしている。こちらのブログをファンタジーとRPGに特化させてそれ以外の話題は萌えブログで書いているようにも思える。本来萌えブログはアニメやゲームについてライトな話題を書くだけのはずなのに、最近は精神分析学っぽいことやら性哲学っぽいことやら書いている。

 本来ならこの話題も萌えブログで書くような話題なのだけれど、RPGのお話であるし、こちらでさせてもらいたい。


 今日はSteamサマーセールの最終日である。購入したのは、90%オフで198円だったPanzer Corpsと、以前話題にした気がするSAOのゲームである。
 私はSAOというコンテンツは、大して好きでもない。VRに関するギミックは興味深いけれど、キリトとかいうキャラが気持ち悪い。いや、キリトとかいうキャラの扱われ方が気持ち悪いというべきか。あとはVR仮想出産も気持ち悪いのだけれど、それについては萌えブログでとりあげてあるのでそちらを一読のこと。

 で、前も書いたはずだけれど、このゲームを欲しかった理由はただ一つ、プレイヤーキャラクターを女性にすることができて、なおかつキャラメイクが可能だからである。

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 実際にキャラメイクしてプレイしてみた。馴染むのである。RPGをプレイするにあたってプレイヤーキャラクターが女性だと、とても馴染む。プレイヤーキャラクターが男性だと妙に違和感というか、嫌悪感というほどではないにしても、馴染まない。プレイヤーキャラクターが女性だと馴染むのである。
 かといって私の性自認が女性だというようなこともなく、性愛の対象は女性であるし、性同一性障害の気配などまったくない。

 他のゲーム、RPGでも可能な限り女性でプレイしている。OblivionもSkyrimも女性でプレイしている。CardWirthも女性PCパーティで遊んでいる。だいたい、私は私が構築している私の世界で女性として振る舞っている。空想の世界で性転換するのは自由にできる。


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 CardWirthでは特に女性だけのパーティを組んでいる。CardWirthは、多くの恋愛系シナリオ(大半は読み物でしかも短い)や、一般シナリオでクーポンによって恋愛話題を出すシナリオで、同性愛に対応している。というか性別で分離させるのはシナリオを作るにあたってそもそも面倒らしい。なので比較的自由に百合展開もできる。ただ、前も書いたように、女性だけのパーティに対して対応されたシナリオはなさそうである。女性だけのパーティだと、一部のシナリオでは会話が変になったり、進行不能バグまで発生する。しかし逆に男性オンリーなパーティに対応しているシナリオは存在する。男女差別である。


 そもそもRPGの冒険者は、戦うことが求められているので、男性が多い、というよりかその発想の時点で多かったのは仕方がない。女性の方が肉体的にやや不利であるし、封建時代がモデルなので男女差別傾向は特別強かっただろう。

 ただ前も書いたけれど、RPGの冒険者が男性、それも少年になりやすいのは、マーケティング的な理由もあった。RPGを遊ぶ、というかテレビゲームを遊ぶ主流層は男性、少年であった。ファミコンというのは少年のおもちゃにしては高いようにも思えるのだが、それでも小学生の男の子が主要なプレイヤーであったらしい。だから少年のほうがプレイヤーも自己投影しやすかった。
 RPGはそもそもがロールプレイングゲームなのだから、自己投影的な存在のはずなのである。もちろん原形であるTRPGだとその傾向は強い。いや、本来ならTRPGというのは自己投影して遊ぶゲームではない。しかし自己投影しやすいのは確かである。

 あと日本のRPGが少年主人公を目指す理由としては、本来なら、ストーリー的に成長物語として描きやすいからであった。力なき少年が勇気か何かを出して成長していくみたいなことにしやすかった。物語、特にジュヴナイルなものは、その基本は成長物語である。成長物語は作りやすいし読者の賛同も得られやすい。
 ところが時代が変わったようで、最近のトレンドは成長なんて面倒くさいと思うようになっているようである。つまり最初から強いみたいなのが流行している。世人にあっては、成長する努力とか、もう面倒くさくなってきたらしい。だからキリトとか司波達也みたいなやたら強いだけの主人公がもてはやされる。
 まあそれに対する批判とかは面倒くさいし今日はなにもしないけれど。


 ともかくも。近年では、女性プレイヤーが多くなってきたのを見越してか、女性主人公を選択できるゲームが増えている。ただ女性主人公を女性ばかりがプレイしているわけでもないのである。それでも、逆に例えばアトリエオンラインみたいなゲームで男性主人公とかものすごい違和感があるが、まあそれは特殊な事例だろう。それだけ男性主人公の需要が強固だともいえる。しかしアトリエオンラインみたいなゲームでも男性主人公を捨てられないわけだ。女性主人公が前提のゲームなど、ミラクルニキ系のファッションゲームくらいである。

 いや、話がずれた。単に女性主人公で遊べるので私が喜んでいるというだけの話なのである。とはいえ、女性主人公の方が何故私に馴染むのか、そういう心理的探求は萌えブログで書くこととも思えたりもする。


 何故私が女性としてRPGゲームを遊びたいのか。結局よくわからない。こういった探求自体に意味があるのかもわからない。

 だいたい、本来のロールプレイというものは、ロールプレイングゲームであれなりきりチャットであれ、想定されるべきは、理想たるべきは、客観的にそのキャラをどう扱うか、というものかと思われる。
 以前からもロールプレイについて書いている気がする。本来なら、例えば、このキャラはこういった出自であるから、こういった思考方法をするだろうから、ここではこのように行動、あるいは発言するものだろう、などとチェスの駒でも動かすように遊ぶものかと思われる。これが本来の大人のマインドゲーム(?)としてのロールプレイングゲームだと思われる。優れたRPGプレイヤーならどんなキャラであっても自由にロールプレイできるはずである。
 実のところGMというのはそれをしている。当然といえば当然である。GMはプレイヤーキャラクター以外のすべてをロールしないといけない。王様でも兵士でも、乞食でも売春婦でも、GMはロールプレイする。いや、それをいうなら、物語を創造するという行為はこのGMの行動に帰結される。小説家というのは、いわば文章、物語の中で、すべての登場人物のロールプレイをしているようなものであり、いってしまえばGMだけでプレイヤーの存在しないTRPGのようなものである。
 そもそもがTRPG、RPGというものは、ゲーム、競うものである。GMはダンジョンに罠やエネミーを配置してプレイヤーキャラクターを迎え撃つ。プレイヤーはプレイヤーキャラクターを操作してそれを撃破する。本来のロールプレイングゲームのロールプレイとは、あくまでも職業というロールをプレイするものにすぎなかった。つまり戦士なら肉弾戦で戦い、盗賊は罠に備え、魔術師は魔術で戦ったり謎を解き明かす。

 とはいえロールプレイングゲームはその性質上、プレイするロールに職業にとどまらない人格を内包するのはどうしようもなかった。これがあるいは無味乾燥なコンピューターゲームだったらそんなものが入り込む余地はなかったのかもしれない。しかしTRPGは極めてアナログなゲームなのである。
 またTRPGでは、プレイヤーは固定的にキャラクターを使い回す。だからプレイヤーがキャラクターに愛着を抱くようになる。クトゥルフの呼び声のようなゲームは、キャラロストが半分前提なので、プレイヤーキャラクターに愛着を持ってしまう私には堪えられない。

 しかし私のようなロールプレイ、つまり職業のロールではなく人格のロールをプレイするにとどまらず、プレイヤーキャラクターに自己を投影し、プレイヤーキャラクターと自己を同一視するような、客体としてプレイヤーキャラクターを取り扱わず、字義通りの自分の分身としてプレイヤーキャラクターを取り扱うようなロールプレイは、ロールプレイングゲームの伝統からすると異端に思える。ありうべきではないと思われる。
 私は、ロールプレイといっても、ほとんどプレイヤーキャラクターにのめり込んでしまい、完全に同一化してしまい、感情すら同調させてしまう。このようなことは、心理衛生上はともかく、一般的なゲームプレイとしてはよろしくなかろう。
 いや、このような良し悪しの価値判断が正しいのかどうか、私は別にグループSNEの一員でもないし、私は山本弘でも清松みゆきでもないのだから、まあ知ったことではないのだが。
 私にとって重要なのは、仮想の世界で女性として振る舞い行動することがこの上なく馴染むということだけである。
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ファンタジー世界の船 長大版 [ファンタジー世界考察]

 前に船ついて簡単な記事を書いたが、あまりに簡素な記事でどうしようもない代物だったので真面目に書き直したい。なにせたまに検索エンジンで「ファンタジー 船」みたいなので検索されているらしいからである。そのうち検索数の多い他の記事も真面目に書き直してみたい。


概要
 古代の初期の船はオールで漕ぐものからはじまり、やがて帆が発明され、風力で走る帆船が一般化した。しかし古代文明の中心地たる地中海世界では、風が不安定でしばしば凪ぐこともあり、また戦闘時に自在に動ける点からもガレーが発達した。北欧のノース人たちは独自の船ロングシップを駆使してヴァイキングとして活躍したが、ロングシップはやはりオールで漕ぐ船で、やがて帆が取り付けられた。中世になると、北海やバルト海では、四角帆(スクエアセイル)を備えたコグが「ハンザ同盟の馬車馬」として交易に活躍した。コグはヴァイキングの造船技術から影響を受けている。地中海では逆風にも強い三角帆(ラティンセイル)がガレーに備えられるようになったが、風の不安定な地中海ではやはりガレーの漕走に頼ることが多かった。やがて北方の造船技術と地中海の造船技術が組み合わさり、キャラックが生まれ、ヨーロッパは大航海時代を迎える。そして戦術も舷側切り込みの白兵戦主体から舷側砲斉射による射撃戦へと移行していく。
 船らしいアイテムの一つに舵輪があるが、舵輪は18世紀の発明であるため、当然中世の船に舵輪は存在しない。


 旗というのは船にとって重要なものであり、所属を示す艦旗や、通信のための通信旗などがある。とはいえ中世ヨーロッパには国民国家などという概念はないから、現代のような統一的でシンプルなデザインの、国籍を示す旗が明確に存在したわけでもない。むろん、フランスの軍船には白地にフルール・ド・リスを散りばめた旗が靡いてはいただろうし、ヴェネツィアのガレーには赤い聖マルコの旗が靡いていただろうけれど。また、バルト海沿岸諸国では燕尾や三叉になった旗を船上に掲げたようである。旗艦にはとりわけ豪華な旗が翻った。レパントの海戦では、キリスト教国同盟艦隊とオスマン帝国艦隊の旗艦には、それぞれ教皇に祝福された豪華なキリストを刺繍した旗と、クルアーンの一節を刺繍したやはり豪華な旗が掲げられていた。
 しかし海上では常に強い風や雨、日照にさらされるため、すぐに旗はボロボロになってしまう。なので中世の軍船に掲げられていたような豪華な旗は普段の航行時はしまっておいて、海戦の時や寄港のときだけに掲げる。それ以外の時は幾らでも替えのきく旗を使う。軍艦旗というのは基本的にすぐ交換する。陸軍の連隊旗とは扱いが全く異なる。陸軍の軍旗、連隊旗は極めて名誉あるものであって、それを奪われるのは何よりも屈辱であった。大日本帝国陸軍では天皇から下賜されるものであったから、神聖な存在であった。当然激戦を経たような旗はボロボロになるのだが、ボロボロになるのはその連隊が激戦を戦ってきた証として誇りですらあった。だから旗竿と旗の周りのモールだけで旗はほとんど残っていないような連隊旗もあった。
 信号旗は中世ヨーロッパの時代から使われはじめ、18世紀頃の大英帝国海軍で体系化された。信号旗で有名なものにZ旗があるが、あれは複数の信号旗の組み合わせではじめて「イングランドは各員が責務を果たすことを期待する」の意味になる。それを象徴的に一枚で済ませたのが対馬沖海戦であったが、しかしZ旗の本来の意味は、「タグボートがほしい」か「漁撈中」である。だからツイッターなどでアイコンにZ旗を使っている人がいたらタグボートの手配をしてあげるのが正しい対応である。
 なお、帆船の旗と、蒸気船以降の旗とでは、見た目で大きな違いがある。我々が見慣れている船の旗は、進行方向に向かって後ろに靡いている。しかし帆船の旗は進行方向に向かって前に靡く。現代の船の旗を見慣れた我々には、帆船の旗が前方に靡いているのを見ると、一瞬違和感を覚える。帆船というのは後ろから吹く風を受けて進むのだから、当然旗は後ろから前に靡くのである。


ガレー
 ファンタジー世界でも比較的おなじみな中世感の漂う船。舷側に並んだオールで推進する。なおガレーという単語には船という意味があるので、ガレー船というのは"atakebune ship"みたいな二重表現となる。
 舷側に並んだオールで推進するとは書いたが、オールでの推進は漕手を極めて疲労させるので、全速での推進は三十分もできなかった。普通は帆も備えているので、順風の時はオールを使わず帆走したし、余程急いでいなければ風を待つため寄港することもしばしばだった。しかし戦闘の時は、風に左右されず自由に推進できるガレーは帆走しかできない船に対して優位に立つことができた。戦闘時は帆走しないため帆は邪魔なため畳まれ、緊急の時は帆柱を切ってしまうこともあった。ルネサンス期の大型化したガレーでは三本のマストを持つようになった。
 ガレーは帆船と比べて船体が細長い。その方が漕手を並べられ速力も得られる。しかしその分積載量が減ってしまう。更には漕手の分人員が多いため、頻繁に寄港して補給せねばならず、非経済的であった。漕手の眠るスペースもないような古代のガレーなどは、夜になると海岸に泊まって乗員は海岸で寝ていたりもしたようだ。そのため大くの場合、ガレーは軍用に使われ、輸送や交易を主目的とする時は大型帆船を伴って船団を組んだ。ただヴェネツィアのようなイタリアの海洋共和国はガレーでの貿易も好んだ。これは一つには彼らに敵が多かったからでもある。イスラームの海賊もそうだし、彼ら海洋共和国同士も敵であった。更に彼らはイスラーム教国とも貿易していたため、イスラーム教国との「十字軍」を戦っている、ロードス島やマルタ島にいた聖ヨハネ騎士団からも襲われた。ウトラメールの領土を失った聖ヨハネ騎士団の実態は、イスラームの船団もヴェネツィアの船団も襲うという海賊とさほど変わりがない存在だった。積載量の少ないガレー船団での主要な貿易品となったのが香辛料である。ヴェネツィアなどのこういったガレー船団は純粋な貿易船団というわけでもなく、純粋な軍用艦隊ともいえないものであった。
 ガレーは喫水も浅く、舷側が低いため、凌波性に劣り、波の穏やかな地中海であれば活躍したが、荒天時はほとんど活動できなかったし、大西洋では帆船に及ばなかった。
 ガレーが発達したのは、特に地中海世界においてであった。地中海(地名)は地中海(地学用語)であるため、外洋のように風が安定しなく凪ぐことも多いため、緊急時に漕走できるガレーは利点があった。古代のガレーは四角帆、スクエアセイルが使われていたため、逆風の時は帆走だけでは前進できなかった。漕手はそれぞれ一つのオールを漕ぎ、最初は一列に並べられた。このように漕手一人が一つのオールを漕ぐのをセンシール型という。やがて漕手が増えれば推進力も増すという理論により、漕手の座を縦に増やして、二段櫂船、三段櫂船と発達した。更に大型化したガレーには五段櫂船というのも存在したが、これは上の二段のオールを二人で漕ぐという意味で五段と呼ぶ。オール自体を四段以上にするのは技術的に不可能であった。
 ガレーは弓や弩、あるいはバリスタやオナガーで武装していた。その中でもガレー独自の武器といえたのが舳先につけられた衝角(ラム)であった。これで敵船の舷側のオールを破壊し、あるいは機会があれば船腹に突撃し穴を穿った。いずれにせよ、火砲が登場する以前の海上戦のメインは、接舷しての白兵戦であった。ガレーの場合も、敵船の横につけオールをからませて接舷して、白兵戦で決着をつけるというのを、古代からルネサンス期まで主要な戦術としていた。海戦の様相が一変するのはアルマダの海戦以降であり、舷側砲による斉射攻撃が一般的となった。主要な海戦自体も、地中海ではなく舞台を世界中の外洋へと移していった。風によらず自在に動ける蒸気船の時代になると、古代のように衝角戦法が復活するのではないかと思われ、鉄で装甲された装甲艦にも衝角がつけられた。はじめての装甲艦同士による本格的な海戦であったリッサ海戦において衝角戦法が成功したため、その後もしばらく装甲艦に衝角がつけられていたが、リッサ海戦で成功した衝角戦法は偶然の事故に過ぎないものであり、いずれ有用なものではないと証明されたため、軍艦から衝角は消えた。
 特殊なガレーの武装としては、古代ローマの軍船につけられたコルウスがある。これは旋回式の跳ね橋であり、相手の船に近づいてはこの跳ね橋をおろし、先端の爪で固定し、ローマの兵士たちが敵船に切り込んでいった。伝統的に海軍国家ではなく、ポエニ戦争でカルタゴ海軍に押されていた古代ローマも、これにより自慢のローマ兵士たちによって白兵戦で優位に立つことができた。しかしこのコルウスは巨大に過ぎて船のバランスを悪くし、荒天の際に転覆することも多く、廃れたようである。
 ルネサンス以降は火砲も据え付けられたが、ガレーは舷側には小型の旋回砲くらいしか据え付けられず、大型砲は船首楼に数門配備できるくらいで、同時期の帆船と比べて劣っていた。
 古代のガレーの漕手は、ギリシアやローマでは無産階級、プロレタリアートの市民が務めるのが基本だった。ただ戦争が長引くと無産市民では足りなくなって国外民を集めるようにもなった。アテナイではサラミスの海戦などで無産市民が動員されたため彼らの政治的地位が向上した。一方でオリエントでは奴隷や捕虜が漕手として使役された。中世になると、ヴェネツィアなどの海洋共和国では自国の市民から漕手が集められた。彼らは自分に割り当てられたスペースで貿易をすることが許されていたので、人気のある職業であった。ヴェネツィア商人が下から成り上がろうとしたら、まずはこのように漕手として個人貿易からはじめるのが基本的キャリアだった。一方で他のヨーロッパ諸国では、囚人や捕虜が使われた。近世のフランス王国ではガレーの漕手を確保するため、多くの犯罪者が漕役刑に処せられた。フォンテーヌブロー勅令以降ユグノーもまた漕役刑となったらしい。イスラームのガレーではキリスト教徒の奴隷や捕虜が漕手として使われた。古代ギリシアやローマ、中世ヴェネツィアなどのように自国民が漕手の場合、白兵戦になったら彼らに武装させて補助兵士として使うこともできた。逆にオリエントやイスラームのように奴隷やキリスト教徒奴隷を漕手にしていると、白兵戦の際に彼らを解放されてしまうと敵軍の兵士に加わってしまうリスクがあった。
 中世を経てガレーにも幾らかの進歩が見られた。まず四角帆、スクエアセイルに代わって三角帆、ラティンセイルが採用された。ラティンセイルは逆風の場合でも、ジグザグに走行することで風上に向かって帆走することができた。逆に順風の場合はスクエアセイルの方が速力が出たが、しかし風の変わりやすい地中海ではラティンセイルが有用だった。
 漕手も、一人で一つのオールを漕ぐセンシール型から、複数名で一つのオールを漕ぐスカロッチョ型に変わった。だいたいオール一つに三、四人の漕手がつく。このためこの時期のガレーは大型船でもオールを二段にするのが主流で、それ以上大型にはならなかったが、複数名で漕ぐため効率はよくなった。また、囚人のような意欲も技倆も劣る漕手でも複数名で漕がせることによって、未熟な漕手であっても漕走の質の低下を抑えられた。
 ガレーの舵は、古くは舷側舵が両舷についていたが、中世に北方で船尾舵が発明されると船尾舵が主流となった。舵輪の発明は18世紀であるが、その前にガレーは廃れてしまった。
 レパントの海戦がガレー同士の最大の戦いであり、最後の華であった。その後行われたアルマダの海戦以降、制海権をかけた争いは大西洋に広がり、戦法も舷側砲による斉射へと変わり、ガレーは海戦の主役の座を降りた。ただし風の不安定な地中海やバルト海ではガレーは生き残り、地中海では18世紀まで、バルト海では19世紀まで、沿岸警備などに使われた。

フレガータ
 細い船体と、複数のマストやセイルを備えた快速のガレー。地中海において、緊急の通信や要人の移動などに用いられた。このフレガータがフリゲートの語源となった。

ガレアス
 巨大なガレーであり、マストを三本備え、オール一つに五人もの漕手がつく。しかし巨大に過ぎて鈍重であり、ガレーのような機動性を持ち合わせていなかった。ガレーと比べると大型の船首楼と船尾楼があり、固定砲や旋回砲が積まれていた。砲列甲板もありガレーと比べれば火力があった。鈍重なためガレーのような白兵戦は想定されておらず、浮き砲台としての活躍を期待されたが、レパントの海戦ではオスマン帝国海軍のガレーは鈍重なガレアスを無視してキリスト教国のガレーへと向かっていった。
 火力が強化されたといったところで、舷側砲を並べた帆船と比べればささやかなものであり、すぐに一線級の兵器ではなくなった。

デュロモイ
 ドロモーンとも呼ばれる。ギリシア語のドロモス、走るに語源を持ち、機動力の高いガレーであった。東ローマ帝国の軍船である。
 デュロモイの最大の特徴ともいえるのは、むしろ「ギリシアの火」によって武装されていたということによる。これは一種の火炎放射器で、サイフォンによりギリシアの火を噴射し敵の船を焼き払った。ギリシアの火の製法は帝国の重要機密とされ、後世に伝わっていない。おそらくは松脂、ナフサ、酸化カルシウム、硫黄、硝石などの混合物であったと考えられている。水上でも燃え、水をかけると一層燃え上がり、砂をかけなければ消せなかった。当時としては驚異の兵器であり、東ローマ帝国はアラブの軍船を幾度もこれで退けた。携行型のサイフォンに入れて歩兵も使った。またサイフォンで噴射する他に、手榴弾に詰めることもあった。なおこういった石油、ナフサ、瀝青を用いた焼夷兵器は以前からも中東では用いられていた。恐れられたギリシアの火であったが、しかし活躍できる条件は限定されており、第四次十字軍の時には既に秘密にされていた製法も失われたのか、活躍することはなかった。


ロングシップ
 いわゆるヴァイキングの船。古代から存在した。元々は櫂で漕いでいたが、中世までにはオールに加えてマストとスクエアセイルを備えるようになった。喫水が浅いために水深の浅い河の上流にも遡れた。それでいて凌波性に優れ外洋の航海が可能であった。元々は櫂、オールで漕走する船であったが、マストを備えるようになり漕手への負担が減った。風の状態によって漕走と帆走と使い分けた。大変喫水が浅く軽い船であったため速度が出た。標準的なロングシップなら乗組員が持ち運ぶことさえ可能であった。
 軍船としてのイメージが強いヴァイキングの船だが、主要な用途は輸送であり、兵員の輸送であった。乗組員を含めて百人の人間を乗せることができたという。海戦の時はガレーと同じく接舷しての切込みが主要な戦法である。船同士で密集し海上要塞を築いた。河を容易に航行できたロングシップによって、ヴァイキングたちはライン川やセーヌ川を遡り、パリなどの都市を襲撃した。
 ヴァイキングと今では称される、北欧のノース人、ノルマン人たちはロングシップを操ってヨーロッパ中を駆け巡った。ロシアにあってはヴァリャーグと呼ばれ、伝説的な指導者リューリクはノヴゴロドの支配者として迎えられ、リューリクの血統はタタールのくびきまでロシアを支配した。彼らはコンスタンティノポリスにまで到達し、ヴァリャーグからギリシアへの道と呼ばれる交易網を作り上げた。東ローマ帝国の皇帝たちに傭兵としても雇われ、ヴァラング親衛隊として仕えた。ヴァイキングたるデーン人たちはブリテン島にまで支配を伸ばし、北海に一大帝国を築いた。フランス北部にあっては土地を与えられ、その土地はノルマンディーと呼ばれた。ノルマンディー公ギョームはやがてイングランドの支配権を主張し、ヘイスティングスの戦いに勝ってノルマン朝イングランドを開いた。ノルマン人は更に地中海まで到達し、南イタリア、シチリアに地盤を得て、オートヴィル朝シチリア王国を建国した。彼らは十字軍にも参加し、十字軍国家を建国した。また彼らの一部は、アイスランドに入植。更に当時は温暖化していたグリーンランドにも植民、そして北米大陸にまで到達した。彼らは北米大陸を「ヴィンランド(葡萄酒の土地)」と名付け植民を目指したが、現地住民との争いもあり失敗した。
 余談だが、クリストーバル・コロン(コロンブス)以前にヨーロッパ大陸から北米大陸に到達したのはヴァイキングだけではない。時代を下ってジャック・カルティエが北米大陸を冒険した時には、既にバスク人の漁師たちがセントローレンス湾で鯨や鱈をとっていたという。また時代を遡ると、北米大陸の先住民であるアルゴンキン族の遺伝子には、地中海人種の遺伝子の痕跡が明らかに認められる。アルゴンキン族の星座も、古代バビロニアの星座と近いといわれている。

スネッケ
 小型のロングシップ。25名程度が乗れた。最も一般的に使われたという。喫水わずか0.5m、軽い船であるため、港を必要とせず、停泊する時は浜辺にそのまま揚げた。
 歴史伝承によればカヌート大王は1400隻のスネッケを造らせ、ウィリアム王は800隻のスネッケでイングランドに侵攻した。
 その後も改良され、大型化した。

ドラゴンシップ
 イングランドの伝承におけるロングシップの呼称。船首をはじめ竜や蛇などの様々な彫刻をしていたという。我々のイメージしやすいところのヴァイキング船である。しかしそのような遺物は発掘されておらず、文献の上の存在でしかない。


クナール
 ヴァイキングの使っていた帆船。ロングシップより短く、幅広く、深い船体を持っていた。一本のマストに横帆を備えていた。舵はなく、舵取り用のオールを備えていた。
 基本的に貿易に使われ、あるいは遠征先に軍需物資を運んだ。またアイスランドやグリーンランドといった入植地に物資を運んだ。北米大陸ヴィンランドへの冒険もこのクナールで行われた。大西洋や地中海へも進出し、レヴァントにまで物資を運んだ。

コグ
 ハンザ同盟がバルト海や北海での交易のために使用した帆船。一本のマストに一枚のスクエアセイルを備えていた。竜骨はなく、平底になっていた。その設計はクナールの影響を受けている。船尾に舵が吊り下げられている。船体は幅広く、ずんぐりとしていて、十分な貨物の積載量を持っていた。一枚帆の単純な構造であったため、少数の乗組員で操船可能であり、経済的であった。そのためハンザ同盟の海運の要として活躍した。また海賊に備え、あるいは軍船として用いるために船首と船尾に防御楼を設けた。バリスタや投石機なども備えられていた。
 百年戦争のスロイスの海戦はコグが主体となった戦いであった。フランス艦隊はコグを鎖でつなぎ合わせ海上要塞を築いた。攻めかかるイングランド艦隊には多数のロングボウ兵が配備されており、これがフランス軍に決定的なダメージを与えた。更にイングランド艦隊は接舷し、以降はマンアットアームズを主体とした陸上とさほど変わらない白兵戦であった。ロングボウの強力な支援によりイングランドはフランスを圧倒した。

ハルク
 一般的にコグの後継となったという認識を持たれている帆船。コグと同じようなスクエアセイルを備えた船。マストは二本以上あるようである。元は低地諸国で使われた、河川用の艀であり、限定された沿岸航行能力を持っていた。造船技術の発達により、コグに匹敵、凌駕する船となった。
 実際にコグの後継となったかどうかは明らかになっていない。単に低地諸国が貿易の中心となったためハルクがより多く使われるようになっただけであり、コグの代替となったわけではないらしい。ゲームなどではコグの上位船種と位置づけられているが。

バルシャ
 バルカともいう。イベリアで漁船などとして使われた。初期には一本のマストを持ち、大型のものは2~3本のマストを持つ。平たい船体で凌波性に劣り外洋の航海に向かなかったというが、近距離の探検航海にも使われた。マデイラ諸島を発見し、アフリカ沿岸を探検した。

ラディヤ
 ノヴゴロドで造られた、コグとロングシップを合わせたようなデザインの船らしい。一本のマストにスクエアセイルを持ち、漕走もしたようである。

スナイカ
 ハンザ同盟の輸送船として使われた小型船。一本のマストを持ち縦帆を備える。北海やバルト海、並びに河川で使われた。ハンザ同盟をテーマにしたゲーム、パトリシアンでは最初の一番安い船である。
 日本の河川に比べて大陸の河川は船舶の航行に十分な幅と水深を持っているため、今でもライン川やドナウ川のような川は貿易船が行き交う。また、内陸国であるハンガリーなどにも河川用の海軍が存在する。内陸国ボリビアにも海軍があり、チチカカ湖やアマゾン川に軍艦が浮かんでいる。ボリビアは元々は沿岸国家であったのが、十九世紀の太平洋戦争でチリに海岸部を奪われてしまった。

クレーヤー
 イギリス海峡を越えるために使われた小型船らしい。パトリシアンではスナイカより大型で、河川を行き来できる。二本程度のマストを持ち、縦帆を備えていたと思われる。

ホイ
 低地諸国で使われた。元々は艀だったようである。小型~中型の貿易用帆船。船種としては長生きして、発展・大型化して小型の軍艦として19世紀まで使われた。

ピカード
 ブリテン島やアイルランドで使われた。一本のマストを持つ。漁船のサポートをするために使われた小型の輸送船。

バリンジャー
 フランス西部のバイヨンヌで捕鯨に使われていた、オールと帆を備えた船。一本のマストにスクエアセイルを張る。軍船に使われるようになり、大型化し、船首楼を備えるようになった。

バーリン
 スコットランド北部、ヘブリディーズ諸島などで使われていた船。ロングシップの影響を受けて造られた。一本のマストにスクエアセイルを張り、あまり多くはない数のオールを備えた。


キャラベル
 15世紀、ポルトガル王国がその管理の元開発した帆船。当初は二本のマストを持っていたが、外洋航海が発達してからは三本マストのキャラベルも増え、大型のものでは四本のものもあった。元来は三角帆、ラティンセイルを備えていた。後に大型のキャラックが登場すると、その影響を受けてスクエアセイルを備えるものも登場した。この二つを区別して、前者をキャラベル・ラティーナ、後者をキャラベル・レドンダと呼んだ。元々は小型といっていいサイズであったが、外洋航海が増えるに従い大型化した。バランスのとれた船体を持っている。
 エンリケ航海王子は冒険者たちに初期のキャラベルを与え、アフリカ沿岸を探検させた。彼らはやがて喜望峰に到達し、インド航路を開拓した。

キャラック
 15世紀、ヨーロッパではじめて遠洋航海に耐えうる帆船として開発された。スペインではナオ、ポルトガルではナウと呼ばれる。北方の船であるコグと、南方の船であるキャラベルの双方から発達した船である。船体は丸みを帯びてずんぐりとして幅が広い。また外洋の波に耐えられるよう高めの船体であった。船首楼と船尾楼を備えている。マストは三本から四本。前方のフォアマスト・メインマストには横帆、後方のミズンマストには縦帆を備えている。帆は状況に応じて張り替えることもできた。三角帆も備えていたので逆風の時も前進できた。ただ大型過ぎて横風による転覆の恐れもあった。また操作は複雑であり乗組員も多く必要であった。
 大航海時代に外洋を航海する冒険者たちに使われた。クリストーバル・コロンが東インドを目指して乗船したことで有名なサンタ・マリア号もキャラックである。しかしキャラックは鈍重であり、冒険者たちからは好まれなかった。彼らは軽快で小回りの利くキャラベルを好んだ。コロンも東インドことアメリカはカリブ海の島でサンタ・マリア号が座礁した時には、喜んでキャラベルのニーニャ号に乗り換えた。
 とはいえ大型のキャラックは、積載量が多いため貿易船として活躍した。日本にたどり着いて南蛮貿易を行った「南蛮船」もキャラックである。また、大型で船首楼と船尾楼を備えたキャラックは火砲を多く搭載できたため、軍事的に価値があった。入植地で騒擾があればその火力で圧倒し、西インド諸島など海賊の多い海域ではその防衛能力で活躍した。
 キャラックはやがてガレオン、戦列艦として発展していく。ヨーロッパ人はこれらの船で世界を巡り植民地帝国を築いていった。イングランド海軍はこれらの船による単縦陣での舷側砲斉射戦術を確立し、海戦戦術は新しい時代へと入った。


ファンタジー世界の船
 ファンタジー世界の船を考える上で重要なポイントは、外洋航海能力の有無である。多くのファンタジー世界は、一つの大陸を舞台としていることが多い。そして中世ヨーロッパをモデルとしているのなら、世界は一体化されておらず、分断されているだろう。世界は未知の領域が多くを占めていることが多い。
 ファンタジー世界に外洋航海能力がある船、キャラベルやキャラックなどが存在する場合、それら未踏の地が、探検され明らかになり、貿易により「世界の一体化」が進む可能性がある。そうなればそのファンタジー世界はなんらかの形で社会構造も変化してしまうかもしれない。例えばヨーロッパ世界でいうのなら、大航海時代によって南米のポトシ銀山や日本の石見銀山から莫大な数の銀が流入し、インフレーションが進行し、騎士階級が没落し、ブルジョワ階級が台頭した。それによって絶対君主制が確立したわけである。そしてその絶対君主制は過渡期に過ぎず、革命が発生し、民主主義的国民国家が発達していく。
 そこまで行かないにしても、社会構造にまったく変化がないとは思えないし、少なくとも未知の領域が減少することによりなにかしら幻想性が消失することはあり得るだろう。もちろんそれらの未知の領域への進出が物語の目玉であるのなら問題ないのだが、安定的で永続的なファンタジー世界を望むのなら注意が必要になる。
 限定的な世界貿易を比較的閉鎖的な世界で行っているファンタジー世界としては、ウォーハンマーがある。このゲームでは、限定的に世界貿易が行われて、中華風な地域とも若干の交易があるのだけれど、それは海エルフという種族が独占している。特殊な手段によらないと交易できないわけだ。
 どちらにしても、閉鎖的な中世ヨーロッパ風世界を目指すのか、進取の気風に富んだ大航海時代にするのか、世界の印象は大きく変わるだろうからみだりに決めていいことではない。
 また世界を閉鎖する手段としては、外洋にはクラーケンのような凶悪なモンスターが多く存在することにすれば、それなりの大型船があっても外洋への進出を拒めるのかもしれない。
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ロールプレイの困難 [TRPG]

 最近真面目な記事を、そこそこの分量で書いていて、若干疲れているらしい。これだけ長めで真面目な文章なら小銭くらいもらえないかなとも思うのだけれど。パトロン型クラウドファウンディングに移行したところでこんな地味な文章ではたかが知れているし、実際真面目に文章を書くとなったら無責任なことも書けなくなる。だからまあ、別にお金はもらえなくてもいいのだけれど。いや、パトロン型クラウドファウンディングだったら別に支払われた金に責任が生じるわけでもないのか。


 少し前に、EvernoteにセブンスドラゴンIIIについての記事を書いて、書きかけで放置してある。これを少し蒸し返してみる。
 ちなみに以前からセブンスドラゴン2020IIIと書いてきたけれど、誤りらしい。

 前の記事で、ファンタジー世界の自律性とか書いて、そこではリアリズムが重要とか書いたけれど、このセブンスドラゴンIIIについては別に世界観に特別リアリズムがあるといえるものではない。ただの典型的なリニアなJRPGである。しかし私にとってこのセブンスドラゴンIIIは十分に自律性をもった、リアリティのある世界と化している。
 といっても、私にとってセブンスドラゴンIIIの価値は、主人公というかプレイヤーキャラクターとパーティーメンバーとのレズ妄想に重きがある。敢えていうならゲーム全体はそれを彩る背景に過ぎず、三輪士郎の絵と、井上麻里奈と早見沙織の声によって惹起されたプレイヤーキャラクターの独立性、自律性によってこのセブンスドラゴンIIIという世界が廻っている。このゲームのプレイヤーキャラクターを構成する要素、三輪士郎の絵と井上麻里奈と早見沙織の声などはアバターに過ぎず、声からある程度性格が導き出せるとはいえ何一つ具体的設定のあるものではない。しかし私の中でこの二人のキャラの人格、存在は背景世界の存在感をはるかに凌駕してその存在を確実なものとして、確固たる存在となってしまったのだ。

 前の記事では、背景世界について色々文句をつけてみたけれど、本当のところキャラクターの存在感も強力な要素なのである。前回の記事はどちらかというとTRPGの発想に重きを置いたが、しかしリニアなストーリーにあっては、キャラクターの存在感こそが重要なのかもしれない。つまり読者を感動させさせすれば世界などどうでもいいというような極論である。
 ただリニアなストーリー云々とは書いたけれど、上述の通り三輪士郎の絵と井上麻里奈と早見沙織の声はアバターにすぎずキャラクター性など私の中で完全に捏造したものに過ぎない。だから関係があるのかいささか怪しくはある。
 また、もしセブンスドラゴンIIIの他の要素が全然駄目だったら、いかに三輪士郎の絵と井上麻里奈と早見沙織の声があってもここまで確固とした存在にはならなかっただろう。セブンスドラゴンIIIはそれなりの評価に値する作品ではある。
 逆に、いかに世界観を緻密に作り上げても、それが物語であるのなら、物語自体の出来が悪ければ没入感もなにもない。


 しかし実のところ、私はTRPGやロールプレイについて偉そうに書いているが、そんな資格があるとも思っていない。なにせ私がTRPGをプレイしていたのは一年半程度の間、故ソードワールド無印をプレイした経験くらいしかないからである。いや、回数はかなりの数で、オンラインセッションだったのだが、いわゆるゲリラセッションがあればよく参加していたし、週二回とか普通に遊んでいたのではあるけれど。それでも実際に遊んでいたのはその一年半で、しかも結局故ソードワールド無印しかプレイしたことがない。
 GMも何回かして、アドリブ即興なセッションもしたけれど、別にうまかったとも思わない。GMといえば商業PBeMのGMもやったことあるけれど、実績があるというほどこなしたわけでもない。

 でもまあ「素人目」に、ロールプレイについて、なんとなく多少は語ってみたいとも思うのである。だからここに書くのは、いやそもそもこのブログ自体が、痴人のつまらぬたわごとに過ぎぬのだ。金でももらったら真面目に書くかもしれないけれど。

 先日亜人のロールプレイには根本的な難しさがあるとは書いたけれど、普通のヒューマン、人間種族であってもそれなりに困難である。いや、ゲームが現代や近未来のTRPGであればあまり問題はない。しかしゲームが、ゲームの舞台が、中世ヨーロッパ風ファンタジー世界だと異なってくる。
 中世ヨーロッパを完全に再現したTRPGというのがあるわけでもなく、まあ混沌の渦は違うけれど、中世ヨーロッパ風ファンタジー世界といっても、それなりに独自の世界であり、中世ヨーロッパそのものではない。しかし基本的には中世ヨーロッパらしさを、程度の差はともかく、出そうとしている。
 しかし我々は中世ヨーロッパについてろくに知っているわけでもない。高校で世界史が必修なわけでもない。薔薇の名前みたいな映画をTRPGプレイヤーが全員見ているわけでもないし、クルセイダーキングスも皆がプレイしているわけでもない。
 だいたい、JRPGの伝統はファンタジー世界を理想視する傾向にある。私が以前述べた「晴れ空のファンタジー」である。今の世の中JRPG純粋培養のプレイヤーも多かろう。だいたいがかつて中世ヨーロッパ風ファンタジーを志向していた故ソードワールド無印だって廃棄遺棄されてソードワールド2.0はライトな(貶下的表現)JRPGになってしまった。

 しかし中世ヨーロッパというのはろくな時代ではなかった。おどろおどろしい恐怖に満ちていた。私のいう「曇り空のファンタジー」である。

 例えばソードワールドみたいな中世ヨーロッパを志向した世界でロールプレイをするとここで乖離が生じる。私みたいなのが中世ヨーロッパ的な認識でロールプレイをすると、例えばプリーストではなくてもなにかにつけて祈りの言葉を口にするわけだ。これは現代欧米人にだって引き継がれている。彼らはなにか脅威的なことに出会ったら"Oh My God!"とか"Jesus!"とか口にする。しかしこういったロールプレイをしていたら「敬虔キャラ」とかいわれて、プリーストでもないのにみたいな感じにもなってしまう。しかし神が実在する世界で神に祈りを捧げるのは当然ではないか。イタリアのマフィアですら聖母マリアへの祈りを欠かさない。しかしソードワールドでは、それこそ中世ヨーロッパと比したら、プリースト以外は無神論無信仰なレベルで神への関心がなさそうにも思える。

 いや、本当はもっと突き詰めたことをいいたいのである。仮に、中世ヨーロッパを可能な限り再現しようとしたTRPGがあるとしよう。しかし我々は中世ヨーロッパ人のロールプレイなどできるであろうか? 先日、エルフやドワーフなどのロールプレイには人格に、ファンタジー的ではない言い方をするならば「遺伝子レベルで」制約があるようなことを書いた。中世ヨーロッパ人は、まあ遺伝子レベルで多少の相違はあるとはいえ、同じ人類である。知性、大脳の構造はまったく変わらない。しかし彼らとはあまりに文化と科学レベルが違いすぎる。特に何より、宗教世界が違いすぎる。中世ヨーロッパ人の、カトリックの宗教的恐怖を共有できるであろうか? 彼らが十字軍に参加したその熱意の源は宗教的恐怖から逃れるためであった。中世ヨーロッパ人にとって植え付けられたカトリック教会の概念によるなら、人間は生きているだけで罪に塗れているのである。十字軍に参加すればその罪から免れるのだ。あるいは彼らは贖宥状に多額の金を出した。歴代の中世イングランド王やフランス王たちは今際の際に必ず口にした。余の願いはイェルサレムの開放であった、と。
 このカトリック思想による支配などは一例に過ぎない。中世ヨーロッパ人の精神世界は安穏とした唯物論的無宗教に浸った、物質的にも中世ヨーロッパと比べてはるかに満たされた世俗的な我々の精神世界とは違いすぎる。

 別にこういった考えをなにがなんでもロールプレイに反映させねばならないなどとは思ってはいない。押し付けもしない。
 とはいえ世界が違う、文化も文明も宗教も精神世界も違う世界というものについて多少なりとも思いを馳せたいと思うのだ。
 それを一顧だにしないというのはあまりに知的、精神的に貧しく思える。
 私もライトな世界の受容をすることもあるけれど、常に疑問を止めたくはない。
 それこそがファンタジー世界特有の文化的な楽しみであり、また多様性を楽しむことにも繋がると思える。異世界に行っても精神世界が現代日本と変わらないのでは残念であろう。異なる精神世界に触れてみるのも、それが別段本質的なものではなくとも、楽しみと感じてみてもいいのではなかろうか。


 と、偉そうに書いたけれど、別に私はTRPGで大したロールプレイをしていたわけでもない。むしろ私が現役だった頃のプレイングを思い返すと、私がやっていたのはロールプレイなどというようなものではなく、単に自キャラに自己投影していただけだった。いや、ある程度は、キャラに自己投影してロールプレイするのは問題ないのではと思わなくもないけれど、私のそれはロールプレイではなく自己投影だったと思う。というのは、私のプレイングは、一歩引いて「このキャラならこう振る舞うだろうな」というものではなく、明らかにそのキャラに没入して、のめり込んで、自己とプレイヤーキャラクターの自己とが融合していたからである。

 要するに、私がやっていたロールプレイというのは、セブンスドラゴンIIIでプレイヤーキャラクターに自己投影して百合妄想しているのと大して差はなかったようなのだ。
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